同僚と出かけた帰り道。
駅のすぐそばで若者が数名踊っている。閉店時間を迎えた店舗の暗い窓に姿を映して、自分達のダンスの揃いっぷりをチェックしている。
同僚は俺に尋ねる「彼らは何のために踊ってるんですかね。ダンスユニットでデビューするつもりなんですか」。
俺は答えた「ほとんど理由なんてないんじゃない? ロックやってる若いバンドマンだって、デビュー目的とは限らないでしょう」。同僚はなるほどとうなづいた後、仕事に関しての話題に戻した。
憧れる。俺が15才若かったら、友人とダンスユニットを組んでいただろうか。今からさすがにダンス始めるってのは無理だけど、無理だと思ってしまうだけに憧れる。若い当時から体を動かすこと自体苦手だったし、今が当時だとしてもなんかかっか理由をつけて挑戦しないのかもしれない。
理由なんてないのだ。キレのある動きで音楽と一体化したい。自分の躍動で観衆の視線を釘付けにしたい。ダンスが上手になったその先に、自分の食いブチがあるかどうかなんて問題じゃないのだ。今、頭をからっぽにしてダンスをして、今を生きたい――というところなんじゃないだろうか。
ダンサーという職業。まず頭に浮かんだのは安室奈美絵の元旦那。それからEXILEのバックで美味しいところをもってく男。あるいはTV番組「夜もヒッパレ」に登場する三流タレントの後ろで一所懸命に踊っていた名前の覚えられないユニットの青年たち。
彼らが現役で踊って、しかもお金になる期間ってどのくらいなんだろう? その後インストラクターや振付師(あるいはコレオグラファー?(笑))として食べていけるのは全体の何万分の一なんだろう?
ダンサーという職業は、なんて禁欲的で求道的なんだろう。だってさ、ダンサーの素晴らしさって得てして「周囲の動きにぴったり揃えられること」なんでしょう? 仲間と寸分も違わない動きができて、それが完璧になった上でほんの少し、自分のオリジナリティを出すことができたり。
音楽で言えばギターソロのような個人の見せ場も用意はできるんだろうけど、それだってイレギュラー部分なんだろうし。如何にダンスマシーンになれるかがプロの道なら、それはなんてストイックな修行なのだろう。
一人がミュージシャンを、一人がダンサーを目指したとしよう。
ミュージシャンは大成しなかったが、彼の作った曲はわずかな人数であるがファンの記憶に残った。彼の作品は今も誰かに口ずさんでもらったり、聴くことで誰かの記憶をゆさぶったりする。
かたやダンサー。ダンサーは大成しなかったが、彼のダンスはわずかな人数ではあるがファンの記憶に残った。しかし観ていた彼らは記憶の中のダンスを真似てみることができない。しかも思い出されるのはそのダンサー一人の姿ではなく、彼を含む何人かが懸命に動きをあわせている姿なのだ。
ね? 相当ストイックじゃない? それって。
ダンスだの音楽だのに損得なんかない。ホントはない。だけど、それでもやっぱり、ダンスって割が合わない気がする。そんなところからも、ダンスってものの「若さ」を感じるんだよね。
若いからこそ、ダンス。ああやっぱり憧れちゃう。31歳でこの憧れ方って異常、あるいはもっと年上の方に対して失礼かしら?
前にも書いたが俺が年間に食す寿司のほとんどはスーパーの見切り品だ。賞味期限からして明日まで絶対に持たない計算の寿司を、閉店間際に購入するのが俺の趣味だ。
寿司や生鮮食品は見切りをつけられるのも早く、また半額よりもさらに安い金額(手書きで80円! みたいな)に設定されることも、ままある。生鮮食品に続いて惣菜系も半額になる。チキンだのカキフライだのを買い込んで、夜中、ビールを飲むことは俺の「いきがい」と言ってもいい。これを禁じられたら俺、どうなっちゃうかしらん?
だが、タイミングが難しいのだ。――ってこういう話って、「時間に余裕がある主婦のお気楽つれづれ日記」みたいなサイトで語りつくされてるんだろうけど――スーパーに早く着きすぎても半額値札は貼られていない。遅く行けば半額値付けは完了しているが、その代わりロクなものが残っていない。あるいは何もない、なんてことすらある。雨の日や酷く寒い日は半額になるのも早いし、連休の初日なんかだと半額になるまでもなく早いうちから何もないなんてこともある。
いつ、来店するか。ここが相当な鍵になるのだ。休日の夜など、スーパーの見切りタイムに合わせて夜の行動スケジュールを立てるぐらいの勢いだ。
だが最近そのパターンが完全に認識されたらしく、近隣のオバサン層の行動が変わってきているらしい。
実は俺は目撃したことないんだけど、オバサン層のやることが酷いんですって。まず半額になった途端に、肉とか魚とか皆カゴに入れて確保しちゃうんですって。で、閉店間際に店員が現れるとその横でカゴから半額になった食品を出し、さらなる値引きシールが貼られることを強要するんですって。スーパー側も既に半額つけてる食品だし残っても困るから値引きせざるを得ない、みたいな状況が発生しているらしく。
もう、図々しさもここまでくれば一芸だよね。厚顔無恥さが生活支えてます、みたいな。さすがの俺もそれはできない。
最近は「それはルール違反だろう」と自治を唱える別の客グループが現れたり、店員も勇気をもって値引かなかったりといろいろドラマがあるらしい。
ドラマっつうかいざこざっつうか。やれやれって感じで。
やっぱり人間、遠慮がなくなったらおしまいなのかなぁ、なんて思ったり。そうは言ってもやっぱり安く買えるってのは嬉しいことだけど。

スシ食いねェ!/シブがき隊
『GOLDEN J-POP/THE BEST』収録
俺も「やれやれ」とか言ってるけど気持ちわかるもん。
この前だったか、やっぱり寿司が半額だったのよ。980円の寿司と1480円の寿司とふたうあって、悩んだの。それこそ清水の舞台から飛び降りる気持ちで1480円の方選んでさ。「今日はおなか減ってるし、ラーメン食べたら750円なんてすぐだもん!」って自分に言い聞かせつつ。
で、レジに並んで店員が掴んだ寿司を見たらパックにはっきり「150円引」って書いてあって!
半額じゃない!!
150円引ってオイ!!! 俺、おおげさでもなんでもなく目を見開いて息飲んだもん。ホントに。突然訪れた津波のような落胆に視界が急激に狭くなる。だが俺も30男。今更「やっぱりそれ要りません」とは言えずに震える指で金を出したね、動揺で良く覚えてないけど。
見切り品の最低条件は半額! 150円引なんてシール見間違うから貼るんじゃねぇよ、って感じでさ!
いやあ、あの時の激動の心情は今もこの胸に……。
カップルで二人乗りしている自転車を見かけた。昼間天気も良かったので気持ちが良さそうだった。何かを話しながら通り過ぎるカップルは満面の笑顔。まるでドラマのワンシーンのようにすがすがしく、だからこそ逆にむかついた。けっ!
もちろん自転車の二人乗りはいけないことである。法律だか条令だかしらんけど、本来罰せられるべき罪のはずだ。だが二人乗りって、何やらこう、自転車二台の併走にはないキラメキがあると思うんだよね。ただ二人乗りにもいろいろあるので、各方式とその効能を検証していきたい。
基本的に男性がペダルを漕ぎ、女性が荷台に乗るというのを前提として聞いて欲しい。
まずノーマル型。
サドルに座る男性にと同様に、前を向いて女性が荷台に座る。できれば男性の腰に両手を回してぎゅっと抱き締めてもらいたい。さらに背中に顔をすりよせ「○夫の背中、思ったよりも広いんだね」とか「あったか〜い」とかつぶやいてもらいたい。ただし、荷台をまたぐ事になるので、二人は密着して幸せだが見た目はあまり格好よくない。どうしてもがに股になるからね。トキメキ度B−。
次に逆向き型。
荷台に乗る女性が完全に後ろを向いており、足を開いて座って両手で荷台の端をつかむ。太ももで自分の手をはさむようにするところがポイント。抱きつかないところが「友達以上・恋人未満」「幼なじみは蛙の子」「俺があいつであいつが俺で」的なプラトニックラヴィン感覚を匂わせる。また双方が逆を向いて話すため乗りながらの発言の声を大きくせざるを得ない。大声でぶっきらぼうに相手への気持ちを伝えたりして、実は絵になりやすかったりする。トキメキ度B+。
続いて立ち乗り型。
座って漕ぐ男性の肩を両手で持った女性は、荷台に座らず後輪軸部に取り付けた「ステップ」に立ったまま乗っている状態。身体の寄せ具合も自由だし、女性から男性の顔に頬擦りしたり愛の言葉を耳打ちしたりすることが可能。自転車の運転が乱れて倒れそうになっても、立っている状態の女性は割りと臨機応変に脱出対応できるというメリットもある。しかし最大のポイントは当事者でなく観ている側にある。通常位置より女性のスカートが高い場所に配置され、尚且つ常に風にあおられている状態なのだ。何が期待できるか言わずもがなだろう。タシロ度A。
――しかし俺が一番お勧めするのは、実は横乗り型だ。
女性は荷台に横向きに座り、男性の腰を横抱きにするのだ。身体は密着させられるし荷台を横に広く使えるのでお尻も痛くない。何より伸ばした両足を揃わせたままにできるので、見た目として女性らしいのだ。進行方向を見ないところも「貴方に任せるわ」という感覚が伝わってグー。トキメキ度は文句なしのSなのである。
どうだろうか俺の二人乗り分析。街の二人乗リャーを見かけたら、彼らがどのくらいときめいた恋をしているのか、乗り方で占ってあげて欲しい。
「どこかへ連れてってゆうとるわりに、防波堤って指定しとるやんけ!」とかつっこんじゃダメよ。今居る場所が防波堤で、どこか連れてってってお願いしてるってことなんだから。
この曲の歌詞風景も、確実に「女の子は横座りだな!」と思わせる何かがあるね。
でも横座りの場合、自転車がこけた時に大事故になるんだよね。女性の背中側に倒れた時、女性としてはどうしようもないもん。
もちろん倒れた瞬間、女性が柔道部仕込みの正受け身で、左手で地面叩かれるのも嫌だよなぁ。「ヨイショォー!(バン!)」とかいって掛け声かけて受け身。百年の声も冷めちゃうかも。
やっぱり二人乗りは危ないね。二人乗り全面禁止!
モーニング娘。に新メンバー追加。第6期メンバーは亀井絵里(14)、田中麗奈(13)、道重さゆみ(13)の3名。最終オーディションに残った3名が全員合格ということで。このパターンは去年のハロープロジェクト・キッズと同じパターンですな。
98年第二期から毎年毎年必ず加入してきたモーニングだけど、2002年は一人も入らなかったんだよね結局。キッズが結成されただけで。当初の発表では「2002年の年内にも決定」なんて言ってたけど予定がずれ込んだ模様。6期メンバーの合流・活動開始が5月のコンサートツアー最終公演に合わせて、ということになったので、3月脱退予定だった保田圭の活動も1ヶ月ちょっと伸びることになったと。「保田の脱退は次の新入り、6期メンバーの加入と同時になる」という昨年8月時点での予言が、またはからずとも当たってしまった。まあ単独コンサートツアーの途中で保田が脱退して・すぐさま隊列組みなおして続行ってことは考えにくいわけで5月の連休までは居るんだろうと思ってたけど。
新メンバー発表特番、出かけてたもんで帰宅してからビデオで観た。体調も優れないんで横になりつつ、早送りしつつ観てたんだけど。
一言で言えば「ぬるい」ね。
別に31男がこんなこと言って馬鹿みたいなんだけど、とにかく今回の合宿の映像は生ぬるいものにしか見えなかった。あえて「全員不合格」とかやってくんねーかと思ったぐらい。
それこそ電波少年並にいじられ・いじり抜かれたオリジナルメンバー・2期メンバーを見て入った後藤が号泣しながら頑張り、それを見て入った4期メンバーもそれなりの気合を見せていたが、やっぱり「加護ちゃんです・辻ちゃんです」を見て入った5期メンバーくらいから気迫も希薄になり(駄洒落)、「先輩に追いつかないけどどうして良いかもわからない」みたいな悲壮感と寂寥感を見ながら迎えた6期メンバーオーディションが、ぬるくなっちゃうのも仕方がないかなぁ、という気もする。当事者が「前回加入が4名で今回の最終選考に既に3名、全員残してもおかしくない」って考えて当然だもんね。
なんつーか、別に「若造が! ちゃんとやれ! 返事しろ!」とも思わないんだけど、年上の先輩メンバーと全くわかりあえない状態のまま一個の団体として続けていくと、俺の心配する「枠組みとしての劇団化」が進んじゃうんだよね。それが怖い。
まあとりあえず、オーディション残った3名と藤本美貴が入り、保田圭が抜けても15名。そりゃ多いよ、また誰か抜かなきゃな、なんて言う向きもあるんだけど、俺はそんなにはまびかないと思うけどね。今更7人8人にしたって観てる方が納得できないんだから。現在では「なんだか人数いっぱい居て何がどれだかわからない有象無象集団」がモーニングなんだもん。
3人とも美少女だし、是非とも活躍して欲しいですな。俺ぁモーニング無抵抗主義なんで、ぶっちゃけた話「誰でも大好き(DD)」ですから。
そして……今日の特番で目が話せなかったのはその3名ではなく同時に加入することになった藤本美貴だったのだ。「こんなガキどもと同期かよ勘弁してくれよ」というふてぶてしさが、かぶり付き観ているだろう全国の小中学生にもはっきり伝わったことは間違いない。
ソロとしてこれからと思っていた本人に対して、この決定は相当不本意なものなのかもしれない。藤本の加入は後藤真希の抜けた穴を埋めるためのもの。でもそれは「ポジティブに成長し続けるモーニング娘。」を前進させよう、というのではない。バラエティ向きでない後藤真希、途中加入だが一瞬でトップクラスの人気をかっさらっていったあの頃の後藤真希を再現させるためのものだ。右も左もわからぬ中学生なんぞ入ったところで全く揺るがなくなってしまった「ピンクと白のゆるい渦」に、ドボドボと流し込まれる墨汁が藤本美貴なのだ。
自身の男気のあるキャラクターの上にそれなりのソロキャリア。今更モーニング娘。の中に入って発言の順番を待ったり、歌番組で玉転がしたり縄跳びしたり。藤本がそんな茶番を与えられた時、確実に垣間見せるだろう露骨な嫌悪。その嫌悪が仲良し倶楽部になっていしまったモーニングの人間関係に激震を与えるんじゃないか。そしてそれが期待されているように思えてならない。
彼女は混乱を与えるために加入したのだ。観てるこっちは面白がってりゃそれでいい。でも今頃やぐっつぁんなんかは、「これからオイラたち、どうなっちゃうんだろう?」と頭抱えているかもしれない。
なーんつってね。
男の独り暮らしにおいて、炊事をしなくとも掃除を放棄しようとも、洗濯だけはしないわけにはいかない。どんなにズボラな男やもめであっても、洗濯をしないと一般社会生活を過ごすことはできないのだ。
洗濯していること伝えると必要以上に感心したり誉めたりする女性がいるのだが、これだけはしないわけにはいかないのだ。それとも独り暮らしの男全員に洗濯女がついているとでも?
俺は自分で割りと無頓着な方だと思っているのだが、それでもTシャツ、パンツ、靴下、ワイシャツだけは毎日替えないと出勤できない。なんとなく気持ちが悪いのだ。
それができなくたって何かあるかって言えばそんなことない。自分だって我慢できるし誰にも気付かれないと思う。でも、どうしても替えたい。出勤直前に、全てを綺麗なものに着替えて出かけたいのである。
ところが。スーツは平気なのだ。スーツは毎日クリーニング上がりのおろしたてじゃなくても全然我慢できる。ズボンなんて毎日肌に触れてるのに。全然気にならないから不思議である。
普段着だともっとだ。やっぱりTシャツや下着は毎日替えたい。でもジーンズなんて長いこと洗わなくて平気だ。ジーンズに関して言うと買ってから洗ったことない、って人も多数居るじゃない? 俺は洗い立てのジーンズの肌触りが好きでたまに洗ってしまうんだけど。それでも回数は少ない。はっきり言ってジーンズって清潔とは言い難いと思う(ジーンズに関してはもともと毒蛇よけの染料を使うところから始まっているという理由で、強力な殺菌効果がある、なんて聞いたことがあるけれど……。ホントかどうか……)。
皆さんもそうでしょう? ジーンズに関してだけは、何故か洗濯しないで平気でしょう? 不思議だよね。色が落ちるって理由で洗濯しないでいられる服って数少ないもん。
で……俺の長年の悩みと言うか気になる事柄なんだけどね。
バスタオルとか、シーツとか布団カバーって、どのくらいのスパンで交換、洗濯してる?
いや、そりゃね、もちろん毎日洗濯するのが理想だと思うのね。でもそうすると洗濯物干しに、ずらーっとそれらが並んじゃって想像を絶する量になるでしょ? 週一回かな? 週一回って決めてるってのなら俺もなんとなく納得できるんだけど、徹底できてない、って人、多いと思うんだけどどうかなぁ? シーツとかバスタオルとかいつ交換したか忘れて結構長い間使い続けたりすること多いって人、俺だけじゃないと思うんだけど……。
ねえ、どう? どのくらいのスパンで交換してる? あるいはどのくらいのスパンで交換しないと不潔野郎? ねえ、教えて? 日本の平均を教えて! お願い! 今更周りの人に聞けなくて! 半月とかの「長い間」連続で使ってるなんて、まさかそんなこと言えなくて! 今更!
結局「これっていつ変えたっけ?」ってわからないから洗濯するかどうか迷うわけよ。洗濯機がだからさ、バスタオルとかシーツにでかく「奇数週」「偶数週」とか「月〜水」「木〜土」とかプリントしてあればいいんだよ。
そういうのあったらきっと売れるよ。だってみんなきっと、どういうタイミングで洗うのが平均的なのか知らないんだから。でしょ? きっとヒット商品になるよ。マジで。
こちらのコラムを上梓したところ、たくさんのお便りをいただきまして、それが皆秀逸だったんですね。なので差出人の方々に許可ももらったわけじゃないですが、勝手にお便りも再録させてもらいます。
これを読んで皆さん、ほっとしてください!
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ウチの友達(♂)は冬になるとワイシャツとか、ものすごい勢いで洗濯しないらしいよ。 見た目は小奇麗なんだけど、一日来たらそのまま干すらしい。 干すって言うか、ハンガーに掛けとくみたい。 10回ぐらいは平気で着るみたい。。 スーツなんか、きっと泣く泣くクリーニングに出すんじゃん?【みーさん】
私も似たようなものです。一応下着は毎日替えますね、風呂にはいら(れ)ない日はたまにありますが。しかし、それ以外に関してはdkサンと同じであまり気になりませんね。あと、カーテンなんか洗ったことあります?レースのやつなんか、ビックリするほど汚れてたのがわかりますよ!【キミノコトさん】
シーツね、シーツ。 コタツカバーみたく、うっかりなにかこぼしてシミになる、とかいうもんでもないし、定期的に洗ってもいないなあ。 衣類の洗濯は休みの日にしかできないので週1回しかしないんだけど、一緒に洗うと干すところがなくなっちゃうからしないし。
結局、2連休以上あってかつ最初の休日に衣類の洗濯をした次の日にやる気があった場合、シーツも洗うっていうとっても不潔なことになってます。 あー。30女がこれでいいのかちらん?【なおにゃさん】
女31歳独身の主張。「気が向いたときにやる」これでございますよ。キレイ好きな人は毎日やってればいいし、ズボラな人はいつまでも洗わないでいい。自分が一番嫌われたくない人に嫌われなきゃ、何でもOKだと。たとえ、ルーズソックスを2週間洗わないで履いてても。でも、そういう人は近くにこないでね。とも思ったり。【001さん】
シーツって平気で一ヶ月とか変えないかも・・・きゃー私汚い? でも、お風呂にちゃんと入って、きれいなパジャマを着てねてるから平気だと思っていたなぁ・・・ よく考えると汚いかも。【ち〜さん】
実はバスタオルを使う習慣がありません。同じタオルを何日も使うってのはイヤだし家によっては家族全員で1枚使い、毎日洗うってところもあるみたいだけれども、人が使って湿ったのを使うなんて絶対イヤ。かといって人数分バスタオルがあってそれを毎日洗ったりしたら洗濯物がすごいことに。なのでうちはずっと普通の小さいタオル(フェイスタオルっていうの?)をいっぱい置いておいて、各自2、3枚使うっていう方法です。
シーツは……天気のいい日にヒマだったら洗う(笑)。学生寮の時は2枚支給されて隔週に交換だったから……やはり1枚1週か。しょっちゅう交換に行くの忘れてたけど。ああ、あの頃は楽だった。【PINOさん】
我が家の場合、シーツとかバスタオルとか、けっこう取り替えません。 バスタオルなんて、風呂上がりの清潔な体拭いた後なんて汚れねえっつうの! とか思いつつ、拭いたら即ものほし竿にオリャーです。 シーツ、まくらカバーもかなり、、、 ヤバいくらいに取り替えません。めんどい。。。 たぶん、年に2〜3回ぐらいのような。。。(夏に集中) 別に体臭そんなに無いので平気です。
ちなみに洗濯した服とか、取り込むのめんどくて 青空クローゼットと称して干しっぱなしだったり 取込みたてをそのまま着たりとかもしてます。 そんな我が家は女3人暮らしです。 ハッハッハ、他人様には言えませんです。 【中子さん】
我が家のスパンなんて聞いても嬉しくないだろうけどさ シーツは3日に1回かな3枚あってそれを順繰りにね。 シーツは普通の洗濯物と一緒に洗っちゃったりするよ。じゃないと洗いそびれるじゃん?! タオルも3日に1度だったけど今は1週間に1度かな。その間3回くらい交換するから結局一緒か(≧▽≦) バスマットも洗いそびれるよね だからタオルと一緒に洗っちゃうのよ! その時ワイドハイターを忘れずに! タオルって臭くなってくるよね(−−)
今はさ乾燥の時期だからブラッシングで髪が顔にへばり付くようになったら部屋干しで湿度上げてるよ 乾燥してるとインフルエンザかかりやすいしね 今年は特効薬が出来たからそんなに怖がってないけどね 【リカリさん】
シーツは2週間に1回洗います。 バスタオルは使わずに普通のタオルを1枚使います。タオルは毎日洗います。【19歳女子さん】
……いやあ、ありがとうございます!
最初は教えてくださった方々、こちらで勝手に匿名Aさん匿名Bさんってしていこうかと思ったんですが、これだけたくさんの、しかもほとんど女性の皆様から近似値の多いお答えをいただいたんで一挙に紹介しちゃいました。
いやー、結構みなさんフランクなんですねぇ。確かに洗濯物の量が莫大になってしまうことが一番のネックで「現実的に取り替えられない」っていう事実があるんですよね。面倒くさがらなければ方法はあるのかもしれないけども……。その意味で、バスタオルを使わないってのはナイスアイディアだと思います。
そうですよね。高級ホテルじゃあるまいし、毎日シーツ替える奴ぁいないですよね。ああ良かった。世界中から「シーツ? 毎日! 最悪でも隔日!」とかメールが集まってきたら、俺穴掘って泣き叫ぶしかないもんなぁ。
せっけんだけは、添加物のない、純せっけん成分98%以上のものを使っている。昔このへんのページを観たりしてビビったからである。一時期はせっけんシャンプーも使っていたのだが、今はパンテーンである。その辺テキトーな俺なのだ。
純せっけん成分98%の石鹸の粘土みたいな匂いを嗅ぎながら、本当に身体にいいのだろうか。逆に合成せっけんは身体に悪いのだろうか、と考える。
例えばふたつの鉢植えの植物に、毎日せっけんを溶かした水をやってみる。片方は純せっけん、片方は合成せっけんとして。育ち方に変化が出たら「ああ! 合成洗剤はやっぱり身体に悪いのだ!」とかってことになるだろうか、と思った。
さらに、そういうレポートを自分のサイトに載せたら来客数が稼げるだろうか、とも考えた(なんでもかんでも来客数に繋げる悪いクセ!)。
すぐにそれを否定する。どんな植物で実験しようとも「自分のホームページのカウンター稼ぎの為に、罪もない動植物で実験するなんて!」みたいな内容の、知識階級の人々からのメールを想像したからだ。それは面倒くさい。やっぱり実験なんて大層なことは学者さんや学生さんたちに任せておくことにしよう。
小学生の頃、自由勉強という宿題があったのね。一冊の大学ノートに、何の科目でもいいから自習した内容を記入して、毎日提出するっていう宿題。漢字の書き取りをやってもいいし、算数の計算問題をやってもよかった。内容ごとに三段階別のスタンプがもらえる。
俺、その自由勉強のある日の課題として、動物実験をやってことがあるのを思い出したよ、せっけん実験のことを考えながら。
庭の置石だの何だのをひっくり返すと、昆虫や節足動物の類がたくさん出てくるのね。ハサミムシ、ダンゴムシ、ナメクジ、ゲジゲジ、ヤスデ、ミミズ、コオロギ、カマドウマ……。それをジャムの小瓶の中へ捕まえて、さらにいろんな物を入れて蓋を閉めてシェイクしたら、小動物たちは死ぬだろうか、という実験。
水ではやっぱり死ななくてね。積んであるビール瓶の残り汁とか、それこそ粉末洗剤とか、絵の具とか、小便とか、思いつく限りのものを少量ずつ入れて嬉々としてシェイクした。頭痛薬のバファリンとかも入れてみた記憶がある。コマーシャルよろしく数秒で溶けてくんだよねアレ。
結局トイレ用酸性洗剤サンポールのカクテルにして全滅にさせたような記憶だが……おぼろげである。
俺の興味は、その結果を克明に記述したはずのの自由勉強ノートを担任の教師が読んで、どんなコメントを記入してどんな評価をしたか、なのだ。残念ながら全く思い出せない。印象に残らないものだったのだろうか。
もし自分が教師だとして、今生徒からそんな自由勉強ノートを読まされたら何とコメントするだろうか。気の利いた文章ひとつでも書けるだろうか。「○○くんのきょうみのために、死んでいった虫たちはかわいそうね」とか、ありきたりでカサカサなコメントしかできない気がする。我ながら情けのないことである。
子供への教育の為に、どんな上手な言葉があるのかはわからないけれど――。少なくとも「動物も植物もみんな平等! 人間も宇宙船地球号のひとりの乗客! 命の重たさは一緒!」とか脳味噌のあったまったコメントはしないだろう。
ゴキブリホイホイの中の油虫の、知らぬ間に踏み潰した蟻の、牛の、豚の、鶏の命を奪った代償として今殺されるのは嫌だ。食物連鎖のサークルから人間が抜け出している時点で、傲慢な我々はその他の動植物と友達なんかじゃない、と俺は思う。
犬も猫も私の友達! とか、無益な殺生はしたくないので僕ベジタリアン! とか言ってる人から俺、是非とも蔑まれたい。「この傲慢野郎! 死ね!」とか言われたいね。友達にはなれそうにないし。
理屈ぬきで人間は勝手で傲慢な地球の支配者で、俺がまさにその権化なわけです。理屈をこねようとその罪は消えないんです。だって生態系からはずれちゃってるんですもの。
このレベルまではみんなやってるから命の無駄遣いじゃない、ここからは命の尊厳を大事にすべき、なんて線引きはできないって気がするんです。命の重みは区別できない。どんな理由であれ殺して良い命なんてないんです。でも残念ながら俺は、自分の殺戮を止める気がない。その時に「しょーがないじゃん、ここまでは殺してOKにしようよ」って理屈をつけて皆で口裏を合わせることが面倒くさいのかもしれません。
俺は食物連鎖のサークルから抜け出た高台から見下ろして、動物と俺は並列じゃねえ、ってはっきり思ってるわけです。傲慢である事実を享受して、いや楽しんでると言ってもいい。だから心から動物を愛してかけがえのない友達だと、命の重たさは一緒・愛犬が死ぬなら俺も死ぬと本気で思ってる人々から、心から蔑まれたいと思ってるんです。
俺の罪の重さは変わらない。意味なく命を奪おうとする人と、俺の罪の重さは変わらないと思っています。
深夜。
自転車でもって駅から遠くない場所を通ると若い男女が四人、道端で話し込んでいた。二人はしゃがんで、二人は立ったまま。大騒ぎするでもなく神妙な面持ちで議論するでもなかった。ただ、しゃべっているだけ。こんな夜中に。
で、俺はそれを見て――なんだかうらやましくなったんだよね。何故なら俺はそれをできないから。
自分が学生だった頃を思い出すと、やっぱりそういうこと、やってた。友人たちとどこへ行くでもなく道端にしゃがんだり、土手で足を投げ出したりして何事かを話してた。恋愛のこと、好きな音楽のこと――これからのこと。
それはファミレスや友人の部屋でも良かったんだけれども、夜の闇の下で、場合によっちゃ寒い寒い文句を言いながら、それでもその場を立ち去るのが惜しくって話し続けるってのが凄く楽しかった気がするんだよね。煙草片手に先生の悪口言って盛り上がったりね。どこへ行くでもなく、その場で話し続けるっていうことに意味があった気がするんだよね。
これが今なら。俺きっとファミレス入っちゃうと思うんだよね。だって寒いし。ほら、なんだか夢がないじゃない?
どこかお店に入って、さあしゃべろうってんじゃないんだよね。もう帰らなきゃいけないのに、仕切り直して話すことなんかないのに、解散しがたいあの感じ。それも恋人と二人きりみたいな親密な関係ではない、何人かの友人との時間。さみーさみー言いながら、でも帰らない時間。あれが貴重だったんだよなぁ。
わかるかしらこの感覚。青春群像ってやつですよ。
そんなことを考えていた数分後、俺は自分の思いを撤回する羽目になる。うちの近くに、きったねぇ格好のヤンキー高校生が四人、車座になって話してたの。ぎゃあぎゃあ騒いでやがってサ。うるせー、とっとと解散しろって思ったね。
結局俺の想い出から発展したイメージなんて「女の子が混じってること」「ヤンキーでないこと」等の条件付きだったわけよ。
何が青春群像だ。道端にたむろしてんじゃねーよガキども! ああ、そうさ。俺は勝手なオッサンさ。悪いか!