December 11, 2002

第1回ハロプロ楽曲大賞2002

この文章はこちらに移動しました。
http://d.hatena.ne.jp/kairaiongaku/20021211/1141670280

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December 08, 2002

アニメCDの評価が低いのは

 アイドル雑誌を立ち読みしてたりすると、結構微妙なコが表紙の雑誌に出会う。ん? このコ見たことないなぁ、誰だろうと思って手に取ると、アイドル雑誌じゃなかったりする。いや、正確には同じなんだろうけど……声優アイドル雑誌なのね。
 TVアニメドラマやオリジナルビデオアニメ作品で声の出演をして人気のアイドルたちのインタビューが載っていたり、綺麗な景色の公園で笑って見せたりしているわけ。で、そのアイドル達が……それほど可愛らしくなかったりするわけよ。そこそこ見られるかな、ぐらいの。はっきりいってアダルトビデオ女優の方が綺麗なくらい。言い方は悪いけど、B級C級ランクの顔のコばっかりなわけよ。

 だが彼女達には熱烈なファンが居るらしい。イベントといっちゃ何百人も集めて見せるし、CD売上の初動もそこらへんのB−BOYラップのヒップホッパー(笑)よりも全然良い。安定的な人気を誇っているわけ。大して可愛くもないのに。

 彼女達はアイドルとはいえ女優だからね。声で出演した作品がある。彼女達の声の演技に魅せられた人々が強力なファンになっている可能性もある。でも……俺の印象はいくらでも取っ替えが利くんじゃないの、って感じ。最近のアニメなんて全く観てないけど、この声はこの人じゃなきゃあ、ってアニメのキャラクター、若い人の名前思い浮かばないもの。もちろん俺が無知なのは承知の暴言よ? 俺の好きな美少女恋愛系ゲームシリーズにも豪華(らしい)声優陣が声の出演をしているけど、どいつもこいつも印象に浅い声ばっかりだったよ。

 この状況――あまり可愛らしくないコが声優でそれなりに活躍できちゃう状況ってひどく不健康な気がするのね。
 年端もいかない女の子がアイドルタレントを目指したいと願う。いくつもオーディションに応募するけどはかばかしい結果が出ないときに「普通のアイドル業界は無理でも、声優にならなれるんじゃないかしら? だってホラこのコとか。あたしの方がずっと可愛い!」とか思ったりしようものなら。「正直、アニメ作品での声優業など興味はないけど、とりあえずアイドル的な活動ができるから」というココロザシの声優が増え続けたら、声優業界の発展はありえないでしょう。質は落ちるだろうし、抜け抜けと「今は声優だけど、いつかテレビのドラマや映画女優として頑張りたい」みたいなコトを言い出す奴も増えてくるんじゃないかと。

 しかも純粋に声優という職業に憧れる若者にとっても障害でしかないでしょ。声優をプチアイドル・プレアイドル扱いするのって、百害あって一利なしだと思うんだけどなぁ。


cover
あんなに一緒だったのに/See-Saw
『Dream Field』収録


 Viewsicのカウントダウン100観てたらこの曲がかかったの。何これ、ムード歌謡かよ、気持ち悪い、何故にこんな曲が売れてるの? と思って調べたら、今放映されてる「機動戦士ガンダムSEED」のエンディングテーマだった。たまにあるよね、ランキングの中にぎょっとするような作品が混じっててナニゴトと思ったらアニメ関連でした、ってこと。

 アニメ関連のCDの評価が低いのは偏見だコノヤロー、とか息巻いてる人もいるかもしれないけど、この「あんなに一緒だったのに」をアニメ大好きな人たちの手でたくさん売れさせてしまう事実自体がダメだと思うよ。明らかに感覚が違うもん。この曲が売れるってだけで、こういうCD買ってる人々が好きな音楽全般、悪いけど聴いてる暇ないって思う。

 俺がアニメ音楽を食わず嫌いなのは、このCD買った人達の責任によるものだ。アイドル声優も、アニメの挿入歌のCDも、いつまで経ってもその評価が低いのは、聴き手側の感覚がどっかしら違うからだと思うなぁ。

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December 06, 2002

浅井健一はこれから大変だ

 浅井健一のコメントが載っている音楽雑誌「音楽と人」を買ってきたよ。乗りかかった船だし、ちゃんと最後まで追いかけようというこの心意気。以下引用。

「俺、ウソつくの嫌いだからさ、言うけど。あれは謝ってくれって言うから、メンバーとマネージャーとで話し合った結果、これまでの経緯とかを含めて考えて、結局、謝らないということを伝えたんだわ。それじゃ本に載せますって言われて。もう載ったので、俺らの中では終わってること。まあ、あの文章は事実と違ってるところもあって、納得いかんとこもあるけど、もうとにかく関わり合いたくないんだわ。俺たちが悪者でいいじゃん、べつに。ユダなんだから。吐き気がする正義よりマシじゃん」

 引用終わり。事実に対して全肯定も全否定もせず、ただ一方的に終わった、二度と関わりたくない、とのコメントで終わる。

 浅井が誰の為にコメントしたかは知らないが、少なくともファンは待ち望んでいたと思うのね。彼のコメントはロッキング・オンの為でも、俺みたいな小汚い野次馬根性野郎の為でも、純粋な音楽フリークの人々の為でもなくて、ファンのためだったと思うんだよね。だったらもうちょっと他に言うべきことがあるんじゃないのか、と。

 しかもね、この記事の最後が、インタビュアー青木優の文章で終わるの。

「――そういえばユダって裏切り者とされてるけど、本当のことしか言わない正直者だったんですよね」

 おいキミ、こんな文、インタビュー中にゃ言わなかっただろ。原稿かいてて最後に付け足しただろ。と思いましたよ根拠はないけど。

 でも多分、この問題はこれで終わりでしょう。両者これ以上できるアクションないもんね。これで終わり。事件は解決しないまま、どちらが正しいのかわからないまま、両者の言い分もわからぬまま、終わり。ファンや我々も釈然としないまま終わり。

 でも……なんかそれもいいのかな、って思い始めたよ俺。いや、浅井のやったこと、ロキオンのやったことには問題あるよ。でもね、ロックスターたりえる人が雑誌側とおこした事実を、一点も包み隠さずに発表しなきゃいけない理由なんてない気がしたの。
 暴力もふるうロックスター。殴られても訴えない雑誌。浅井健一の存在自体をエンターテイメントとするならば、これはこれでアリのような気がしてさ。ロキオンは告訴しなかった。それは日本の法律で裁いてもらおうって気がないってことでしょ? 雑誌の売上が欲しかったんだったら、実際に訴えて刑事事件にしておいて、スクープ記事にすりゃ良かったんだから。その権利があるもの。それをせず、コメントしない浅井健一をダーティーヒーローにしたロキオン。

 ……得したのは浅井だけだったね、ロキオンの評判、相当落ちちゃった気がするし。ま、もしも廃刊になっても、需要のある存在は必ず復活するから問題ないでしょう。読者が困ることはひとつもないわけで。


cover
シルベット/JUDE


 あ、鼬の最後っ屁でひとつ。今後、浅井健一は相当大変だと思うよ。だって日本の法律を盾に、誰かを訴えることができないんだから。
 「だってお前、気に入らない奴ブン殴ってんのに自首もしなけりゃ償いもしないんでしょ。著作権だの肖像権でガタガタ言うなよ、日本の法に従う気ないんだから。気にいらないならソイツんトコ行ってまた殴っておいで。八十になっても九十になってもサ」ってね。

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November 27, 2002

俺本体自体は、からっぽ

 限定された時間の中で、最大限自分という人間の持ち味を伝える為には何を言えばいいだろう? たとえば、ラブレターを初めて書くとき。たとえば、大好きな芸能人と何分間かしゃべるチャンスができたとき。

 生年月日や出身を伝えたところで何も伝わらない気がするじゃない? 時事や天気の話じゃ仕方ないでしょ? さあ困った。その時俺は……最近お気に入りの音楽を薦めてしまうのではないだろうか? 最近こんなCD聴いてるんですよ、すごく良いですよって。

 ではそのCD、誰のなんてCDを選ぼうか?
 ホントに自分が毎日聴いてるのをぶっつけるのもひとつの方法。相手が好きそうなところで当たるのもひとつの方法。世の中一般的にオシャレと言われている音楽を伝えて「センスがいい」とか評価してもらうってのもひとつの方法。どうする? 何て答えるのが一番効果的?

 しばらく考えていて……そしてションボリした。
 例えば答えるCDのタイトルが決まったとしよう。それを伝えて相手が共感してくれたとしよう。それに何の意味があるんだ? お互いそのCDを持っているというだけ。所詮、他人の作品じゃないか。他人の作品で誰かと繋がることができたとして、それは俺という人間の魅力ではないのだ。そうだろう? 他人の力だ。虎の威を借る狐だ。

 では好きな小説の話をしたら? 好きな映画の話は? スポーツの話だったらどう? 旅行して印象的だった場所、好きな風景、感動した料理……全て自分のことではないじゃないか。

 ああ、それらを自分から取ってしまったら、自分とはなんとちっぽけな存在なんだろう。俺という人間の中心がいかに空虚なモノか。好きなもの、影響されたものを取っ払ったらガランドウじゃないか。
 俺自身に強力な魅力があったらこんなこと悩むことすらしない。カリスマのある人間は、あちこちに手を出してオプションをトッピングしたりしないのだ。

 からっぽだ。無為な存在だ。


cover
からっぽ/ゆず
『歌時記―サクラサク篇』収録


 全然そんなことない。自分から好きなものをとっぱらうなんて、そんなの無意味なことだ。自分を取り巻く有象無象の存在と自分とが出会って、そこで自分が何を感じて、どう反応したかが大切なんじゃないか。
 他とのコミュニケーションを絶って、完全に一個の存在になったとき、俺のどこが人間だと言うのか。それは人間じゃない。

 俺が何かにぶつかって反応したときに発する言葉に意味がある。俺がそのCDを聴いて、なんとつぶやいたかに意味があるのだ。別の存在に反応してナンボなのだ。いや逆だ。別の存在に反応したときにしか、人間の意味はないのだ。
 ああよかった。俺はからっぽでいいんじゃん。純粋にその存在だけで強力な魅力を持つ人なんて、きっとそうそう居ないんだよ。

 限定された時間の中で、最大限自分という人間の持ち味を伝える為に、俺は好きなCDを何と言って紹介するだろう? 斜に構えず、薀蓄に逃げず、反論を怖がらずに好きなCDを紹介する能力を、今の俺は持ち合わせていないかもしれない。
 だったら、その言葉を探し続けよう。このサイトには、もしかしたらきっとそんな意味がある。

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November 22, 2002

だって××なんだもん

 「逆切れ」という言葉は良く使われるが、実際には逆ではなく単純に反論しているだけということも多い、っつう話は前にもしたっけね。俺はそんな時「順ギレ」なんて言葉を使ったりするんだけど。
 切れるというだけあってそこには感情の爆発がある。単純な反論ではなく、自分の感情に任せて発するのが切れたときの言葉、ということだろう。

 誰かと意見を戦わせるとしよう。感情的になることなく、相手の意見を落ち着いて分析して論点だけを反論することができれば相当大人だ。大人対大人の議論だったらそうありたい。
 逆に子供同士の議論だったら、感情のぶつかり合いになって当然だろう。子供だったら気分や私利私欲の為に争って当たり前。子供から「客観的に見て、あなたの行動は一般の基準から逸脱しています」とかたしなめられたらショックだもん。子供の反論は感情的であって欲しい。たとえば「だってイヤなんだもん!」ってね。

 この「だって〜〜なんだもん」って言葉にはまさに逆切れ的な、ある種「居直っちゃった」みたいなフテクサレっぷりがある。自分の都合ってのは重々わかるが仕方がない、悪いけど条件飲んでくれよ、っていう意思がありありと感じられるのだ。子供の反論の代表的な言葉だからこそ、言われた方はお手上げ。「子供みたいなこと言うなよ」としか返しようがない。

 「だって欲しいんだもん」「だって私悪くないもん」「だって我慢できないもん」対等に話をしなければならない間柄の相手に、これを使われるとたまらない。だって、折れるかケンカ別れするしかないんだもん。


cover
だって、女の子なんだもん!/Bon-Bon Blanco


 皆でパーカッションを打ち鳴らす女の子5人組ユニット。通称ボンブラ。話は聞いてて相当ビートの効いた音なのかと身構えてたら、そうでもなかった。
 この曲、ちょっとひねくれたようなメロディーなのに、噛めば噛むほど味が出る。詞曲ともに作った人知らないんだけど、プチ小森田実っつう感じの才能の持ち主とみたね。ボンブラ、間もなく新曲出るらしいしそっちも楽しみだねぇ、っていうことで。

 女の子が目をこすっているとしよう。相当続けているのか目がウサギのように真っ赤だ。俺が「掻いちゃダメ。おめめ真っ赤だよ」とたしなめると彼女はこう答える。

「だってかゆいんだもん!」

 もう何も言えなくなっちゃうよね。だって痒いんだもん。痒いのは本当に我慢できない。その気持ちものすごく良くわかる。だってかゆいんだもん! 俺だって痒いのは絶対我慢せず掻いちゃうしね。
 まぶたをこすり続ける女の子に俺がしてやれるのは氷枕とかアイスノンとか、冷たいものを用意してやることだけ。冷やせば痒みは少しは治まるから。

 「だって〜〜なんだもん」は子供の理屈であるとともに、動物として我慢できない物事への心の叫びでもある。それ我慢させたら、キレちゃうもんね誰だって。

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November 14, 2002

普通に××

 「普通に××」って言葉、流行ってるよねぇ。今年の流行語大賞って「拉致」とか「ワールドカップ」なんだって聞いたんだけど、結構この「普通に」ってのは俺的な流行語大賞かもしれないなぁ。

 今までの若者の流行語って、大げさにしよう大げさにしようってしてきたと思うのね。
 俺の大学生の頃は「鬼」とか「激」とかが流行ったわけよ。ただ眠たいんじゃなくて鬼眠たい。ただ美味しいんじゃなくて鬼ウマとか。「超」では飽き足らず「CHO→」であったりとか。スチャダラパーのメンツが「DEF楽しーッ」とか言ってたな。みんな意味を強調するための修飾語なわけでしょ。

 流行語に限らないと思うのね。若い人たちが会話するときって、良く聞いてるとものすごい否定合戦なのね。発言の頭がいつも、相手の発言の否定からなのね。「いや」「っていうか」「違くって」などなど(「違くって」に至っては日本語としても間違ってるけど)。
 でも良く聞いてると、別に明確に否定しているわけじゃないんだよね。「っていうか」に続く言葉は同意の内容もイイトコで、ただ自分の頭に別の単語が浮かんだから、それを言っただけに過ぎないって状態。

 にもかかわらず文頭に否定語を使ってしまうのは、そうすることによって自分の発言開始が印象付けられ、強調できるからだと思うのね。相手の注意を引きたいがための修飾語として、否定語を使ってるわけですよ。自分の発言や自分の身の周りで起こっていることがタダゴトではない、と伝えたい。そんな想いから発生した流行語ってたくさんあると思うんだけど。

 で、話は戻るわけ。今までいかに普通じゃないかってことを伝えようとしてきたところに現れた「普通に××」って言葉。こうして「普通にかわいい」「普通に面白い」と発言することによって、「極端に振り切れていないが、私はちゃんと評価できる」って印象付けができるわけですよ。
 極端な修飾語をつけてないからこそ、評価がド真ん中で確かなものである、みたいな気にさせられる。これまた時代が一回転したからこその、現れるべくして現れた流行語なんだと思うわけです。


cover
普通の日々/エレファントカシマシ


 突き詰めれば「じゃあ結局、普通って何なんだよ」「普通という言葉の意味が「一般的に」「統計的に多くの」と同義だとして、それが偉いのかよ」って話になっちゃう。あくまで「自分の発言を結果として印象付けるための流行語」として捉えて欲しいんだけど。
 間違っても「普通々々としたり顔で言うな!」とか目くじらたてないように。「許さないのは世間じゃない。許さないのはあなたでしょう?」と世をなじった太宰治じゃないんだから。あくまで感じ方の問題ですからね。

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November 11, 2002

携帯持たせても門限を

 携帯電話を皆が持つようになって……待ち合わせがルーズになった、ってのは前にも話したよね。今は直接声かけちゃえばいいわけだから。会議とかは別として、実際の到着時間がいつなのかいつでも連絡できる。ホント、10年前では考えられなかったよね。

 心配に思っている愛しい相手に携帯電話を持たせたいと思うのは、ちっとも不思議なことじゃない。だとしたら、小学生中学生に親御さんが携帯電話を持たせたとしても、それは責められないことなのかもしれないねぇ。

 そうは言っても、授業中にメールでおしゃべりしたり! 自分の部屋で長電話したり! 俺が子供の頃だったらありえない行動。場合によっちゃそんなの不良です、ぐらいの。
 でも……何かあった時にすぐ連絡がつけられる携帯電話、きっと子供に持たせたくなるんだろうなぁ。

 子供を教育する為に設定するルールのひとつに門限があるじゃない? 小中学生なら19時半、高校生なら22時、とかね。想像だけど。
 必ずその時間には帰ってくること。前もって妥当性のある理由がない限り、イレギュラーな門限違反は認めない。っていうのが家に帰るための門限の基本ですよ。

 それは「夜は子供が出歩いちゃ危ないから」「父さん母さん、心配だから」ってのが理由なワケじゃない? だとしたら携帯電話持たせた途端に「心配なことなんてないでしょう? いつだって連絡つくんだから!」って子供に逆ギレされたりしないかしら? 携帯電話を持たせて、門限をしぶしぶ無くしてしまったりしたら。心配しない為の携帯電話なのに、結局待ちぼうけになる気がする。

 お母さんは食事を作って待ってるのに、子供は帰らない。それって切ないなぁ、って思ってさ。自分の子供にゃ、早く帰ってきて欲しいんだろうなぁ、親って。


cover
家族の風景/ハナレグミ


 スーパーバタードッグのボーカリスト、永積タカシが組んだソロユニットのシングル。染みるなぁ……染みる名曲。ほとんどこのサビばっかりの曲なんだけど、もうそれが最高。永積の声、切ないなぁ。胸をえぐられるようなはかない響き。素晴らしい。これまたオススメの一曲。いやホントに。

 子供の頃。兄弟がどこへ行ったんだか夜遅くなっても帰ってこなかった日があって。当然、お袋機嫌悪いんだけど、機嫌悪いくせに、つっかけ履いて近所を観に行くんだよね。暗い夜道を2、30メートル歩いて帰ってくるだけの意味もない行為なんだけどさ。
 当時の俺、お袋のそんな姿見てると切ない気分になったよ。帰って来たら大声で怒鳴ってぶん殴っちゃうお袋なんだけど、それまでは「心配そうにうろうろする母親」そのものでさ。子供ながらにね。

 子供には門限を。門限程度の制約すら与えずに、子供の教育なんてできるわきゃねーよ、ってね。

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September 21, 2002

ババロアに熱いお茶

 いつからか、甘いものを好んで食べようとしなくなった。それは子供でなくなったからなのか、それとも「甘いものより辛いもの苦いものを好む方が大人っぽいことだ」と思っていた少年期を引きずっているのか。自分でもどちらかわからないのだけれど。

 そんな俺に、甘いものを食べさせる呪文がひとつだけ存在する。
 実家に帰ったとしよう。母親は俺に尋ねる。
「おまんじゅう食べる?」
 俺が「甘いんでしょう? 要らないよ」と答えようとすると先んじて母親がこう続けるのだ。
「熱いお茶淹れるから」
 急に俺は和んでしまい、饅頭をいただくことになる。

 それは「熱いコーヒー」でも代用が利く。熱くて苦い飲み物があると聞いただけで、急に笑顔がほころんで甘いものを食べる気になる不思議。いつだったかコラムニストの泉麻人が
「飲みに行こうヨと言われると重たく感じるお誘いも、「どうですかビールでも一杯」と言われるだけでホニャっと和んでしまい、受け入れたくなる。あの『ビールという言葉のホニャ感』にはすごい力がある」
なんて書いていたのを思い出す。うまいコト言うなぁ、と思ったものだ。

 そして「甘いもの+熱いお茶」というのも、俺にとって相当「ホニャ感」を繰り出してくる言葉なのだ。お茶があれば甘いものも怖くない。ケーキも、プリンも、ババロアも。
 ババロアとお茶でホニャっとする午後。あ、でも良く考えると、「ホニャ感」的にはやっぱりビールの方が強力だけどね。


cover
ババロア/スピッツ
『三日月ロック』収録


 スピッツの最新アルバム『三日月ロック』の収録曲。もうこの曲一曲だけでもアルバム買う価値あるんだけど、アルバム全体を通して絶品だから困っちゃう。期待を裏切らないアルバムの中でもキラリと光る名曲。くるりの「ワンダーフォーゲル」とかと続けた曲順でテープ作りたくなった。

 ババロアってのは元々「ババリア人の」って意味らしい。で、ババリア人ってのはヨーロッパ北部の民族らしい。ババリア人、つまりバーバリアンは「野蛮人」とも翻訳されるんだよね。よくロールプレイングゲームに出てくるバーバリアンって、決してババリア人って意味じゃなく、凶暴な人、暴れん坊って意味のモンスターだもんね。
 どうやらこのスピッツの歌詞のババロアって、バーバリアンって言葉の代わりに使われてるっぽいよね。ちょっとがさつでみっともなくても愛してる、みたいな感じで。

 さらに語源をたどるとババリアってのはバイエルンの英語読み。バイエルンってのはドイツの地名だよね。最初はババロアだったはずなのに、語源がバイエルンだってわかった途端、ソーセージとビールで乾杯! ってなイメージに変わっちまった。やっぱ甘いモンよりもビールだよな、なんつって。

 オチとしてはちょっと乱暴だったかしら?

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September 04, 2002

料理のさしすせそ

 砂糖、塩、酢、せう油(醤油)、味噌。調味料を鍋に入れる順番が「さしすせそ」の順に先行させなさいってのは、すごい! 本当だとしたら凄い偶然。たいへんだぁ。
 でも「さしすせそ」で思い出していく時、「そ」が味噌なのが若干ルール違反を感じさせるよね。「み」じゃねーかよ、なんで二文字目なんだよ、っていう。

 そう、我々には「そ」から始まる調味料、「ソース」があるじゃないか、って話さ。昔はさ、定食屋行けば必ずテーブルにゃ醤油とソースが置いてあったもんよ。どっちがどっちかパッと見わからなくて、匂い嗅いで判別したモンだよ。懐かしいなぁ。
 よくソースびちゃびちゃかけて食ってたよなぁ。トンカツみたいなものは当たり前として、ハンバーグにもソース、焼きそばもソース。付け合せのキャベツにもソース。

 でもソースってさ、味変わっちゃうんだよね。何にかけても、ソースの味しかしなくなっちゃう。ひき肉に混ぜ合わせた微妙なスパイスなんて全くわからなくしてしまう、強力なソースの味。
 ソースって「料理のさしすせそ」にも入れてもらえないだけあって、調味料としては認められてないんじゃないか、って気がするんだよね。何でかっつーと、ソースを薄めて、水で延ばした上での味付けって聞いたことないから。お湯に溶かしてさっぱりとスープにしたり、味を引き出すためにちょっとたらしたりしないもんね。カレー粉といっしょ。
 強力すぎて共存できない。このあたりが本当の意味で調味料とは呼べない所以なのかもしれないねぇ、なんて思ったり。

 実はこのネタ思いついたのラーメン屋なの。砂糖は別にして、他のものはラーメンの味付けに使うなぁって。カレーラーメンすらあるのに、ソースラーメンはないなぁ、って。ま、それだけなんだけど。


cover
五十音/スーパーバタードッグ
『grooblue』収録


 バター犬のアルバム『grooblue』から。このアルバムはホント捨て曲ないよなー。CDのSTOPボタン押せるタイミングがなくて何度も聴いちゃうんだよね。たいへんです。姉さん、事件です。

 なんかのテレビ番組で、「料理のさしすせそ」をクイズにしていたのね。「そ」を「ソース」と答える回答者ももちろん居たんだけど。
 笑っちゃったのがアイドルが答えててさ、「『さ』『し』『す』まではわかったんですけど『せ』がわからなくって、なんだろうなー『せっけん』かなー、でも『ん』がつくしなぁー、違うよなー」とか言ってて可愛らしかった。
 しりとりじゃないんだから。しかも「せっけん」てアンタ。

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August 22, 2002

漫画「美味しんぼ」の罪

 「美味しんぼ」ってマンガがあって。

 俺、このマンガって実はすごく罪深いと思うんだよね。俺も相当読んでたわけよ。山岡と栗田が結婚する直前くらいまでは単行本で読んだはず。でも「美味しんぼ」で得た知識って、結局俺にストレスを与えてるだけに過ぎない気がするんだよね。

 スーパーで豆腐を選んでても「ここに並んでるのは全部ニセモノなんだろうな」って思うわけよ。買うんだけど。
 納豆見てても「山岡だったら、一口口に入れたっきり食べないんだろうな」と思うのさ。買うんだけど。
 鶏肉見かけりゃ「海原雄山だったら『こんなもの鶏肉ではないッ!』って息巻くんだろうなと思っちゃう。結局買うけどね。いちいち「これは本物じゃない」と思いながら買わなきゃならない。

 醤油を買おうと思ったの。キッコーマンとかヤマサとか有名なメーカー品は、パッケージも綺麗で思わず手が伸びちゃうのね。でも俺は姑息にも原材料名を見るわけ。「うーん、脱脂加工大豆、大豆、小麦、食塩、アルコールか……こんなもの醤油とは呼べないな」とかグルメ気取りですよ。で、弱っちゃうわけ。どれ買やぁいいんだって。
 で、結局一番安いの買うのよ。面倒くさくなってるから。うちに帰って思うわけ。「結局安いやつ買っちゃった。まずいだけでなく、身体にも悪いんだろうなぁ」とか思いながら使い続けるわけ。

 ね? 何一つ得してないでしょう? 読まなきゃ良かったと思うよ、ホント。あのマンガで要らん知識つけて誰かに一席ぶったとして、絶対喜ばれない気がするんだよね。結局選択の余地が無いのなら、ストレスの原因にしかならない知識なら、要らないなぁって。


cover
my life/フィッシュマンズ
『orange』収録


 この原材料名を見るくせをなくせばいいのかな? 見てみて最初に「砂糖」とか書いてあっても (原材料名って、書いてある順番に量が多いのだって知ってました? パッケージに大きく「××配合!」とか書いてある場合、得てして原材料名欄ではその成分、最後に書いてあるという罠)、結局俺は買うんだよ。ただ原材料名欄なんて見たってストレスにしかならないんだから。
 でも見ちゃうんだよねぇ……神経質なんだよ。我ながらイヤになる。

 ところで……この原材料名欄にある「大豆(遺伝子組み換えでない)」っていう品名、もうちょっとスマートな表記方法ないんですかねぇ? 「大豆(遺伝子配列デフォルト)」とか。「大豆(普通)」とか。ダメか。

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August 21, 2002

山本太郎が実力派

 気がついたら、山本太郎が実力派映画俳優になっていた。いや、全然かまわないんだけど。別に異論を唱えてるわけじゃない。

 映画「バトルロワイアル」あたりから、世間の評価が急激にアップしてる感じ。映画俳優としては、あの「口うるせー親父」井筒和幸監督に気に入られたのがデカい感じがするんだけども。
 最近だとホラ、窪塚洋介主演で評価の高かった映画「GO」で、助演男優賞かなんか取ってるんだよね。実力もその評価もちゃんとバランスとれてる、ってことなんじゃないかと思うんだけど。

 でも……俺から言わせたらメロリンキューなのよ、山本太郎って。十年以上前、バラエティ番組「天才たけしの元気が出るテレビ」の番組内企画「ダンス甲子園」に応募した色物・戸塚ヨットスクールズのリーダー、メロリンキュー。彼こそが山本太郎だ。全身にオイルをぬりたくり、水泳帽に水着、何故かステッキを持ち歩き、語尾に「キュー!」がつくネタで一世を風靡……まではいかなくても結構面白かったんだ。若さとふてぶてしさが溢れる衝撃的なデビューだったと思う。

 その後……俺の覚えてるのは吉川ひなのちゃんや袴田吉彦と一緒に「学校では教えてくれないこと」っていうバラエティ番組に出てたような。他にもいろいろ活動してたと思うけど俺は良く知らない。とにかくメロリンキューが衝撃的過ぎたんだよね。

 それが今じゃ映画俳優サマだもんなー。今後トーク番組なんかでも二枚目として取り上げられるんだろうけど、是非とももう一度メロリンキューができる気さくさを忘れないで欲しいね。それが許容できるか否かで、彼の息の長さって決まってくると思うんでね。


cover
真夏の夜の事/初恋の嵐


 この曲が最高に良くて。もう、ひっくり返っちゃうくらい、あきれ返っちゃうぐらい良くて。もう、今年のベストテン入り間違いなしってぐらい良くて。
 まあ言ってみりゃサニーデイサービスなのかもしれないけど、いい曲はいい曲であって不変の法則かもし出すからね。

 しかも俺、この曲はプロモーションビデオが良いんだよ〜。その映画仕立てのPVで主演をつとめるのが山本太郎。ヒロイン役に緒川たまきちゃん。とにかくこのビデオが良くて……意味がわからないっちゃわからないんだけども、二人ともいい味出してるんだよね。6分間があっという間の美しい作品。是非観て欲しいなぁ。せめて、せめて曲だけでも聴いて欲しい。

 初恋の嵐は、メジャーデビューを目前としてボーカルの西山が亡くなってしまっていて、本日発売のアルバムはファーストであり、ラストアルバムということになるんだよね。あんまり残念過ぎて言葉もないけど、とにかく俺も買う予定。もっとたくさん作品、聴きたかったなぁ、と思うことしきりです。

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August 19, 2002

緊張を恐れる欲張り

 俺、人前で話したりするの全然平気なタイプ。100人、200人の前でしゃべるの、全然平気。それが何、って感じで。

 全然ダメなタイプの人もいる。
 うちの親父がまさにそうなんだけど、とにかく人前でしゃべるなんて考えられない。結婚披露宴の祝辞なんか依頼されたら最後。頼まれた瞬間から当日のその場まで緊張しっぱなしで、食べ物も喉を通らず、身体ほぐそうと酒びたり、結局周到に用意した原稿すら読むのもおぼつかず、観てる側を思いっきりハラハラさせたまま目的を達成しないまま終わるっていう最悪のパターン。

 ……ってもちろんそれは「スピーチの出来」ってだけで見た場合よ? しゃべりが明瞭かどうかなんてたいした問題じゃない。その人の気持ちが伝われば目的は達成なわけで。たどたどしいスピーチの方がずっと胸に来るなんてのは良くある話で。俺は人前で話すことのウマイ・下手についてどうこう言ってるんじゃないですよ。スピーチの巧拙なんてどうでもいい。

 緊張してしゃべれなくなっちゃう人って「それ自体が恐怖だ」って言うじゃない? 俺、それって未来が予想できてないって思うんだよね。あるいは欲張りなんかじゃないか、って思うの。

 俺、人前で話すの全然平気だけど、緊張自体はするのね、凄く。
 だから想像してから挑むの。俺は緊張して、うまくしゃべれないだろうって。詰まったり声が裏返ったり、場合によっちゃ言っちゃならんこと言ったりして失敗するだろう、いいところ50点だろうな、って。
 んで、実際にスピーチを始めて、やっぱり緊張してるわけじゃん。その時俺は「そうそう、予定通り。思った通りに俺、緊張してる」って安心するの。
 で、予定通り50点ぐらいで終わって「やっぱり俺はこんなもんだなぁ」って納得するわけ。それが俺の「全然平気」って言える理由なんだよね。

 極度に緊張しちゃう人の気持ちは良くわかるけど、そんであなたはその緊張の先に「全く緊張しない自分が100%完璧なスピーチをする」って想像しているのかい? って尋ねたくなるのさ。それは欲張りでしょう? 絶対失敗することを前提に、緊張も失敗も予定に入れていけば「恐怖」になっちゃうことはないですよ、って言いたいんだよね。

 ……これって結局「人前で話したりするの全然平気」という特質を持つ俺の、強者の理論なのかなぁ? 「口で言うのは簡単だけど」ってまた反論されちゃうものかしら?


cover
女友達(ゆうじん)代表/榊原郁恵
『ベスト・セレクション榊原郁恵』収録

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August 17, 2002

ラムネとサイダー・林檎と檸檬

 ラムネとサイダーの違いって何だか知ってます?

 サイダーの方がラムネよりも酸味料なんかが豪華で高級なんですって。本来サイダー(cider)は林檎酒のこと。そういえば「シードル」って林檎酒のことだよね。語源が一緒……っていうか同じ意味なのね。ガムとゴムとグミの関係みたいなもんだな。

 じゃああなたはラムネとサイダーどっちが好き?(あるいはどちらに良いイメージがある?)と尋ねたとしたらどうだろうか。

 俺的分析だと、ラムネが好きと答えた人のほうがよく言えばロマンチスト、悪く言えば幼い考え方なんじゃないだろうか、って思うのね。

 俺はもちろんラムネね。だってラムネの方が、思い出の面で絶対「おいしい」もん。
 売り場は決してコンビニなんかじゃなく、お祭りの夜店。ビー玉を突いて開けた時、炭酸で溢れて笑うアクシデント。カラカラと音を立てながら飲み干す。ベタベタになった手も、返すべき瓶を持って歩くさまも懐かしい思い出だから。

 ラムネと一緒にいろんなことを思い出す人って……異性を口説くときに「運命がどうの」とか言っちゃうタイプだよね。でも俺、サイダーも好き。だって味の違い、わかんないんだもん。おいしいよね、サイダー。味がクリアで。


cover
さいだぁ≡ぶるーす/かせきさいだぁ
『VERY BEST OF かせきさいだぁ≡』収録

 ラムネの語源はレモネード。林檎と檸檬。甘酸っぱいのは一緒。果物の名前って響きが綺麗ですよね。

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August 14, 2002

ボウイファンに贈るクイズ

 間もなく31になる俺にとって、やっぱりボウイっつったら相当思い入れのあるバンドなんですよ。ボウイがあって、その後メンバーのソロがあって、それらを聴いてシビレてなかったら、俺今こうしてJ-popsがらみのコラムなんて書いてないだろうなぁ、と思うぐらい、思い入れがあったんだよね。

 この間、職場でそんな話題になったら、居るわ居るわ元ボウイファン。まだ若いZ君までお兄さんの影響でかなりのフリークだったり。尋ねてみると「あの頃は相当ボウイ、好きだったよ」って人、多くてさ。あなたもそんな一人だったら、試しに職場でやってみたらどう、「元ボウイファン」探し。

 ちなみにこの「元○○ファン」って言葉、「元じゃないよ、今も応援してるよ!」と反論される方がいらっしゃいます。これはその対象が現在存在しない、という意味です。現在はその愛情が薄れている、という意味ではありませんのでご安心ください。

 「元ボウイファン」の人々に特徴はいくつかある。
 まず全曲知っていて当たり前のこと。発売されたオリジナルアルバムの曲は全部知っていて、なおかつ「たった一度のラブソング」まで押さえている事が条件。
 次に「(どちらかといえば)氷室派」と「(どちらかといえば)布袋派」にわかれて、その理由をそれなりの持論としてもっていること。
 そして三つ目はダビングされたデモテープを後生大事に持っていることである。数々の名曲のデモバージョン……例えば「クラウディ・ハート」が「ロックンロール」という題名で歌われていた頃のバージョンだの、「16」の冒頭部分が単体で1曲だった頃のバージョンだの、「ファニー・ボーイ」のサビが「侘びしい……」と歌われるバージョンだの。とにかくアルバム全曲を聴いただけでは飽き足らないもんなんだよね、濃いファンは。
 他に幻の「氷室京介のオールナイトニッポン」なんつーのもありましたな。

 さてと、それではここに集まった「我こそは元ボウイファン」を名乗るあなたにクイズです。

Q.ボウイの曲の中で、曲中で曲タイトルが歌詞として使われていない曲を最低10曲挙げなさい(制限時間3分)。

 ……できましたか? 正解はこの下に。マウスでドラッグさせて反転させて見てください。
↓↓↓
NO.N.Y. 『MORAL』
MASS AGE 『MORAL』
RATS 『MORAL』
GUERRILLA 『MORAL』
ENDLESS 『MORAL』
TEENAGE EMOTION 『INSTANT LOVE』
BABY ACTION 『BOOWY』
唇にジェラシー 『BOOWY』
ROUGE OF GRAY 『JUST A HERO』
B・BLUE 『BEAT EMOTION』
BEAT SWEET 『BEAT EMOTION』
DOWNTOWN SHUFFLE 『BEAT EMOTION』
OUR REVOLUTION 『BEAT EMOTION』

↑↑↑

 厳密に言うと他にもありますが(PROLOGUE 『GIGS JUST A HERO TOUR 1986』とか)。
 通常でオリジナルと数える70数曲の中で、曲名が詞中で歌われない曲が少ししかない、っていうのがボウイの楽曲の特徴、ということですねぇ。

 どうですか? ボウイネタには自信があった方、満足いく結果が得られましたか? えっ、すぐに答え見ちゃった? ……しょーがねェーなぁ。あなた俺と同じタイプっすね。


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唇にジェラシー/BOOWY
『BOOWY COMPLETE』収録

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August 12, 2002

カゥワード人間・失格

 昼休み。職場での談笑のひととき。
 話題は「女性の夏の服装について」。女性も居る前だからそれほど羽目をはずした会話にはならないと思っていた。

同僚男「でもあの両肩を出した、水着みたいな格好、ありゃ犯罪だね。むしゃぶりつきたくなるね」
同僚女「やだー」
 俺 「だってあれは誘ってるとしか思えないよ。男を求めてる女の服装だよ」
同僚女「そんなわけないじゃないですかー、男の人ってそんなに女性の胸、触りたいんですか?」
 俺 「そりゃあねぇ」
同僚女「じゃあ私の触ってくださいよ。ホラ、ホラ」(一同笑い)
 俺 「いや、結構です」(とか言って話題を変える。一同また笑い)

 同僚の女性は「ふふん、ウブなんだから♪」ぐらいの目でニヤニヤと俺を見て、それから他の話をした。……おっとっと。間違っても「その同僚の女性が私のタイプと大きく逸脱しているから(顔やスタイルが希望のそれと違うから)、触るのもゴメンだ」みたいなオチじゃないぜ? 心配ご無用。

 こんなシーンで俺は思う。俺が触らないのはお前の思うようにウブだからじゃない。触る事によって今後起こるであろう多種多様な弊害を考えた上でリスク回避をしているだけだ。30男が、女性の胸一つで狼狽するわけなかろう。お前だって俺が狼狽して触って来ないことを前提に迫ってきてるわけだろう? もし俺がここでお前の小さい胸を揉みしだいたら、ネタは成立しない。それこそ午後のささやかな休憩が「わや」になってしまうじゃないか。
 そうだ。俺の行動は間違っていない。俺は腰抜けチキンなんかではないのだ。

 そして学生の頃読んだ太宰治を思い出す。「芝居じゃないよ、馬鹿野郎。キスしてやるぞ」と嘯く男性に対してヒロインは「してよ」と唇を突き出す場面。「人間失格」の最も印象に残るシーンだ。子供だと思っていた相手に迫られて一瞬たじろぐ男。俺の場合と違っているのは、そこが職場で、俺が同僚の女性のことをなんとも思っていないところだろうか。


cover
溺愛ロジック/堂本剛


 「溺愛」は「出来あい」とのダブルミーニングなのかしら? 女性が男性に詰め寄るような歌詞。ドラマ「人間・失格」の主演って確か堂本剛だったよね? 観てなかったけど。
 今日、レコードショップの店先で見た彼のポスター、肌だの輪郭だの相当修正してあったなぁ……もちろん確証なんかないけど非常に不自然だった。写真の出来に、それこそ女性アイドル並にうるさく注文つけてるんじゃないかしら。
 女性っぽい歌詞に女性っぽい修正。堂本剛ってどんな人なんだろうね。この笑えない感じってなんだろう……。

 雄雄しく堂々としない感じ。男らしい威厳が感じられない俺。何がリスク回避だ。道徳的で立派なこと言ってるようだが、結局ビビってるのだ。何一つ変わらないじゃないか。「触ってくださいよ」「エーイ、もみもみー」とかできない、という事実に理屈なんかないのだ。

 俺がショボいビビリなだけなのだ。クリスタル県知事風に言うとカゥワードなのだ。

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August 07, 2002

春のセンバツ入場行進曲

 高校野球の季節だねぇ。職場の同僚の高校野球の思い出を聞いたんだけど。

「ワタクシ高校三年生の夏、皆で母校の一回戦を応援に行ったんです。野球なんて決して強い学校ではありませんでしたが一生懸命応援しました。
 試合も後半戦、母校の攻撃、ある選手がポテンヒットを打ったんです。彼は一塁めがけて全力疾走、頭から滑り込んだおかげでセーフを勝ち取ります。それを見たクラスでも真面目で勉強家のM君、大きな声で「ナイス・ヘディング!」
 暑さの為だったかスライディングを知らなかったか、いずれにせよワタクシにとって、高校野球最大の思い出です」

 同僚は確実に友人を馬鹿にしていると感じた夏の午後。


夢冒険/酒井法子


 懐かしいなぁ、この曲。酒井法子、可愛らしかったよなぁ〜。ノリP語とか使い始める前だった。笑うとなくなってしまう瞳と華奢な手足。まぶしかったよなぁ。今も決して嫌いじゃないけどね。

 俺の高校三年生の高校野球の入場行進曲って、この曲だったんだよね。今も昔も野球なんてちっとも興味ない俺だけど、やっぱり高校野球は声を嗄らして応援したし、思い出に残ってるよ。俺にとっちゃ高校野球っつったらこの曲なワケ。あなたにとってはどう?

 こう見てくると基本的に直近半年間くらいの大ヒット曲で選んでるように見えるんだけど、たまに相川恵里の「約束」とか岩崎良美の「青春」とか、当時これで盛り上がってたんだろうかと心配になるような曲も混じってますな。

 こういう話題になった時、平成5年度組(今年26歳?)は「俺らン年、谷村新司のワケわかんねー曲だよ」とか文句言ってるんだろうなァと想像したり。

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August 05, 2002

具体名を持ち出して悪口

 珍しくテレビを見ていたら山口美江が映っていた。
 彼女、芸能活動休止してたんじゃなかったっけ? なぜ彼女が古館伊知郎としゃべっているのかよくわからなかったが、物珍しいのでチャンネルはそのままでいた。一度太った人が年をとって痩せた、と言わんばかりに首には筋が浮かび上がり、頬肉がブルドッグのように垂れ下がって、尚且つこけている。去年流行したタイプの片肩だけ出すタイプの派手な服が似合うとは、お世辞にも言えない感じだった。昔は好きだったんだけどな。

 古館が「お見合いをしていたとの目撃談がありますが」と話を振ったところ、彼女はその見合い相手を糞味噌にののしりはじめた。
 彼女はまず相手の男の容姿の気に入らない部分を挙げ連ねた。全身がずんぐりむっくりで、指は芋虫のよう、押したら体液が飛び出そうだ、とも言った。子供が忍者を真似て手裏剣を飛ばすようなポーズで、足がこんなに短い、と言った。
 さらに相手の男の言動を否定した。普通の会話の中で英単語を必要以上に混ぜる気障で鼻につくしゃべり方だと言う。いわゆる御殿山語なのだろう。バイリンガルである彼女は、自分よりも発音が悪いことを馬鹿にするのも忘れていなかった。
 二度と会いたくないと伝えた相手の男が、へこたれず次の日山口美江に会いにきたことも馬鹿にした。アイスピックでめった刺しにしてやりたいとまで言った。

 ……こんな書き方すると相当俺が彼女の言動に立腹してるみたいですが。冷静、というか彼女個人には現在何の興味もないので否定する必要もないんだけど。彼女みたいに歯に衣着せずに男性をこき下ろせる女性って、いろんな場面で有難がられるもんね。

 彼女が現在画面に映っているその理由というか背景を俺は知らないけど、今後こういった毒舌を振るうコメンテイターとしてやっていく気なのかもしれない。毒舌の女性の需要が高い割には、思いつく有名ドコロの女性はみんな犯罪者になっちゃった感があるもんね。
 彼女の場合「聡明」というより「インテリ」だし、弱いもの・明らかに間違っているものを徹底的叩けるサディスティックな容赦のなさも持ち合わせているし、有名男性をこき下ろす本でも書いて話題になって、講演会でドサ周りとかすれば、それなりに知名度も金もついてくるんじゃないだろうか。そういうの好きな年配の女性って多いからね。
 俺はそういう存在を否定しない。だって彼女の発言は彼女が特別なために発せられるものではない。皆が言外に思っているけど、わざわざ口に出さないこと。ああしてはっきり口に出してくれる存在が居るからこそ、正論で反論して得意満面になる人が多数存在できるわけで。バランスの問題だよなぁ。

 山口美江。「お茶漬け食べたい」とか言ってた頃はこんな存在になるなんて思ってなかったけど。


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うめぼし/スピッツ
『スピッツ』収録


 やっぱりそのお茶漬けは梅茶漬けだったかしら、なんて思いながら。

 俺は女性の言う誰かの悪口を聞きたくない。それが好きな女性なら尚更だ。
 もしかしたら女性は「君は○子なんかよりずっとキュートだ。×美よりずっとスタイルがよく△恵より断然理知的だ」とか誉められたいのかもしれない。具体的に誰かを否定して、その人より自分が上だという確実な自信を得たいのかもしれない(……わかりません。今までの経験と想像で勝手に書いています)。俺、それは苦手だ。女性から、誰かを明確に否定することによる相対的な自分への誉め言葉なんて聞きたくないのだ。

 たとえば、ベッドをともにした女性が事を終えた後「あなた、素敵なモノをお持ちね。ハズバンドのテリーのモノなんて小指程度で全然満足できないもの」なんて身体的な特徴を誉められても、嬉しいどころか不愉快になってしまう。だって俺の次に夜をともにする横須賀のネイビーに向けて、ベッドの中で「あなた、素晴らしいわ、イエローモンキーの実験(仮名)なんかと比べ物にならない」とかため息混じりに耳打ちするだろうコトが想像できるから。

 俺を誉めてくれるつもりなら、形容詞だけにしてくれとお願いしたいのである。

●「お茶漬け食べたい」じゃなくて「しば漬け食べたい」だろッ! っていうメール、相当たくさんいただきました。もう、完全に俺の勘違いなわけで! ごめんなさい! お恥ずかしいんですが、我ながら笑っちゃう間違いなんでそのまま放置します。「漬け」しかあってねーよ、オイ、っていう……(020806)

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August 02, 2002

8/1ハロマゲドンを受けて

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http://d.hatena.ne.jp/kairaiongaku/20020802/1141670438

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July 31, 2002

北海道は北海+道ではない

 北海道出身の友人が、住所記入欄の都道府県に丸をつけるヤツが嫌い、と言っていた。理由を聞くと
「県や府と違って道なんて北海道しか存在しない。都だって東京だけだけれども、東京都が東京の二文字でも名前として成立するのに対して、北海道は北海なんて言いやしないじゃないか。北海道は道までつかなきゃ成立しないのだから」。

 なるほど。確かにあの都道府県欄に「北海」と書くのは屈辱かもしれない。そしてその屈辱は47都道府県の中で北海道だけが味わわなければならないものだ。なんとか解決できないもんかね。

 全ての人々に〜〜県まで書けということを義務付けるわけにはいかないだろう。9割以上の人々の省力化の為に「都道府県に丸を」が存在するわけだから。北海道在住の方のプライドの為に「都道府県だけはフルで記入せよ」ということは不可能でしょう。

 ということは根本から変えねばならない。
 例えば全ての都道府県を「道」に統一してみる。東京都道・神奈川県道……あるいは東京道・神奈川道。うーん、なんだか国道の名前のようだ。
 しかもその改定がまかり通ったところで誰もが皆、道を省いて記入するだろうから、結局北海道在住の方が「北海」とだけ書かされることには変わりない。道追加案、却下。

 では全ての都道府県名の語尾にもう一文字「国」と付け足すのはどうだろうか。東京都国、神奈川県国、北海道国。元々は国という概念だったし、今も「日本全国」という言葉が現役で生きているのだからすんなり受け入れられるのではないか?
 ……いや、どう考えても面倒が増えるだけだ。よっぽど政府が逆切れして「今後都道府県名は廃止! 北海道を第一エリア、沖縄を第十七エリアとして全て番号管理する!」とか言い出した時の方がまだ納得してもらえそうだ。国追加案、却下。

 では北海道は道のまま、もっと「北海」という言葉をアピールしまくって、認知度を高めるというのはどうか。「北海」という言葉が成立していないからこそ、水からそう書かされるのが屈辱なのだ。観光業界を中心に、キャッチコピーも「WELCOME TO HOKKAI」「北海へ行こうよ!」「でっかい北海」
 ……だめだ。慣れと先入観によるものが一番大きいんだろうが、今更北海道を北海なんて呼べない。だいたいイギリスとスカンジナビア半島に囲まれたヨーロッパの海と全く区別がつかないじゃないか。


summer holiday 1999/MOMUS
『FAB GEAR』収録


 日本びいきのMOMUSが参加したコンピ『fabgear』からの一曲。このアルバムはデビュー前のカヒミカリイと嶺川貴子の覆面デュオfancy face groovy nameの曲も聴けてお得だとかそうでないとか。
 MOMUS、カヒミとかポイズンガールフレンドとかをプロデュースしてたところまでは覚えてるんだけど、最近はどうなんでしょうね? 俺洋楽知識さっぱりなので……。MOMUSだけにモームスをプロデュースしたりしてくれねぇかなぁ、なんて思ってみたり。冗談です。

 いいアイディアが浮かびませんな。
 こうなったら「日本」という国名をやめて「北海道」にしちゃうとか。「北海道」に「JAPAN」ってルビ振っちゃう感じ。ダメ?
 じゃあ「北海道」って漢字をやめて「ホッカ印度」しちゃってシーフードカレーを手掴みで食べる王国として独立するってのはどう?
 左手は不浄! シー不浄カレー!

 さ、仕事に行こうっと。

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July 28, 2002

家に着くまでが遠足だ

 遠足の話、思い出して盛り上がってみる。

 遠足ってまさに課外授業で、いろんな教育的意味を持っていたと思うんだけど、その中でも最も効果が高かったのは「おやつ(お菓子)上限金額制度」だったと思うんだよね。

 あれって「無し」とか「学校からの配給」にできたはずじゃない? にもかかわらず金額を設定してそこまで買って来させたわけですよ。前日おやつを買いに行くのに、すごいドラマがあったりしてね。○組の誰々は○円オーバーしてたとか、○組の誰々はあんなもの買って来ちゃったとか、ね。○子と○男が一緒に買い物に行ったから奴らはデキてる、とかね。

 「おやつ上限金額制度」があったからこそ、遠足の説明会ってのは結構重要だった。遠足行く前、担任の先生が説明するだけじゃなくて、なんだか体育館に集まってわざわざ説明会開かれたりしなかったっけ。なんとなくそんな記憶があるんだけど。

 必ずあるのが「バナナはおやつに入りますか?」とか聞くやつね。「入りません」と言われたらお前バナナ持ってくるのかよ、っていう。でも俺自身、誰よりも率先して質問していた気がする……自己嫌悪じゃ。子供の頃の俺が、友人にとって「遠足の説明会で必ず質問してたよヤツ」とかってタイプの記憶の男だったらどうしよう……。どうせなら「氷砂糖はおやつに入りますか?」とか「丸かじりピーナッツ入りカタクチイワシはおやつに入りますか?」とか微妙な質問してりゃ良かった。それじゃ当時は変人か。
 あと俺の子供の頃は「水筒にスポーツドリンクを入れてきてもいいですか?」「水筒の麦茶に砂糖を入れてきてもいいですか?」ってのがポピュラーな質問だったなぁ、と。

 俺の子供の頃って、今の子供と違ってお小遣い少なかったのよ。一日に500円分お菓子を食べる、なんて当時の月々のお小遣いじゃあり得なかったのね。だから合法的に大量のお菓子が食べられるってだけで遠足は楽しみだった(なんだよ合法的って)。今の子供はいくらでも持ってるし、そういう楽しみはないんだろうなぁ、と思いますけど。


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ハイキング/電気グルーヴ
『VITAMIN』収録


 バスが遠足先から学校へ戻り、全員グラウンドに座って遠足は「締め」に入る。その時、あなたの小学校の校長先生もこうおっしゃったはずだ。
「気をつけて帰りなさい。家に着くまでが遠足です」
 遠足の思い出話になった時に、必ず出てくるネタだ。チラッとした笑いをとることが可能なネタだ。誰にとっても思い出せる共通の思い出。

 でも、良く考えれば疑問なのだ。なぜ校長先生はわざわざそんな言い回しをしたのだろう? 「遠足の帰り道の交通事故が多いですから充分注意してください」とだけで済んだはずなのに。

 俺の学び舎の長だけでなく、全国津々浦々の校長先生が、何十年も同じ言い回しを使い続けているのは何故なんだろう? はっきり言って我々が遠足中に、何かに注意して緊張して歩いていた記憶はない。校庭の解散からの家路までを遠足であると定義したところで、交通事故や不意の怪我が減ったとも思いにくい。

 だとすれば……校長先生は我々の思い出話に協力してくれたのだ、とは思えないだろうか。「今、遠足を楽しんだ君達も、いつの日か大人になって思い出話に花を咲かせるだろう。その時に俺を思い出してくれ、このセリフとともに」……なァんてこと、校長先生は考えていたのではないだろうか?

 もしそうだとしたら、俺は当時の校長先生に感謝したい。俺達の遠足の思い出を、正統派のやり方で彩ってくれてありがとう、と。

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July 26, 2002

愛していると言ってくれ

 唐突だが、あなたは誰かを愛したことがありますか? それは本当ですか? そこに存在したのは本当に「愛情」というものでしたか?
 では次の質問。誰かを愛するってどういうことですか? どういう状態が「愛している」状態ですか? 考えれば考えるほど、いやになるのです。
 ……これ、昔書いたような気もする。でもいいや、結論なんて何十年も前に出してるんだ。とっくにあなたと同じ結論に出会ってるんだ。もう一度鏡に向かって言い聞かせたい。

 大辞林で調べるとこんな感じ。言葉の意味はこんなもんだろう。結局言い換えに過ぎない。

 人を愛することって、まるで自分から相手に向かって成立している感情のように思えるけど、実は常に自分、自分、自分なんだよね。全部自分の為。相手の為に行動したい、滅私の心で奉仕したいってのも自分の為。「相手の為に無欲でありたい」という名の欲望。相手を笑わせたい、喜ばせたい、気分良くさせたいってのも自分の希望。エゴイズム。

 よく「自分のことばかり考えて何よ! ちっとも愛してくれない!? 付き合った当初は優しかったのに!」なんて痴話喧嘩の声を聞くけど、当たり前なんだよ全部自分のためなんだもん。優しくするのも長い目で見て自分に都合よく居られるため。人を愛するということが完全に自分のエゴイズムの粋であり、愛する対象はそれに都合の良いぶつけ先でしかないことにゃ、すぐ気がつくわけで。

 純粋な愛情というものがあるとしたら、それは多分、目の前に居る相手に注ぐものじゃない気がする。それはきっと……神様とか、死んだ人とか、二度と会えない場所にいる人に贈るものだ。無償の愛。見返りを求めない愛。それは祈り。それは崇拝。
 自分の想いに反応があるようじゃ成立しないんだよね。遠い位置に居て、ひたすら願うこと。これはきっと純粋な愛情だと思う。目の前に居て、リアクションが想像ついた、違っていた、うれしい、ちょっと違う、なんてやってたら絶対に愛情は育たない。

 隷属は……ちょっと別かもしれない。俺には何かに隷属したいという気持ちがないからわからないけど。無条件に屈服させられてしまう強い何かに打ちひしがれたら、その圧倒的な存在にすり寄り一生をささげようと思うのかもしれない。

 でも結局俺は「愛してるよ」の言葉を繰り返すだろう。これはきっと本来の愛情じゃない、自分の欲望の自分の都合だと気付きながら。
 一緒に居て、同じものを食べて美味しいねと言い合って、笑わせて、抱き寄せて、一緒に眠りたい。それが全て俺の都合で、こっちの都合にひたすらつき合わせちゃって悪いけどねと思いながら。精一杯相手の言うことを受け入れてるように見せかけて、その実長い目で見たときの自分の都合を最優先に考えながら。

 俺は繰り返す。愛してるよ。俺の都合で、君よ俺に、愛していると言ってくれ。嘘でもその場限りでもかまわないから、愛していると言ってくれ。俺の都合で俺の為に。

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LOVE/江川裕史

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July 10, 2002

結局はスシ食いねェなのか

 アイドル歌謡曲には無理に分けるとするなら王道と企画物のふたつになる。飛び道具的でふざけて(はじけて)いてその時代を色濃く反映しているのが企画物、と捉えてもらえればいいと思うんだけど。
 小泉今日子で説明するなら「スターダスト・メモリー」は王道、「なんてったってアイドル」は企画物、ということになるだろうか。古くてわかりづらい? じゃあSMAPで言うなら「セロリ」は王道、「Hey Hey おおきに毎度あり」が企画物っつう感じかな。わかった?

 そんなアイドルの中で大人気だったにもかかわらず企画物ばかり歌わされて解散してしまったグループがあった。シブがき隊である。
 メンバーは「はなまるマーケット」でおなじみ薬丸裕英、映画俳優でおなじみ本木雅弘、「ワンチャイコネクション」でおなじみ布川敏和の3人である。ワンチャイ!
 ちなみに女房はそれぞれ石川秀美、内田裕也の娘、つちやかおりと芸能人関係ぞろいですな。

 調べてみたらたった6年間しか活動してないんだよね。1988年に「解隊」してる。シブがき隊の時代っつうと俺的にも相当子供だったような気がするけど、1988年って実際にはザ・ブルーハーツのアルバム「TRAIN-TRAIN」の頃なんだよね。俺も相当物心ついて、日がな一日チンコいじってた時代なわけで。

 とにかく彼らの曲は企画物ばかりでかわいそうだった。先輩である田原俊彦や近藤真彦にはそれぞれ「ラブ・シュプール」だとか「ミッドナイト・ステーション」って名曲があるのに、シブがき隊には「でもあの曲は心底良いよね、純粋に曲として!」って曲が思い出せない。
 だって「サムライ・ニッポン」に「アッパレ・フジヤマ」に「べらんめぇ!伊達男(ダンディ)」だもの。「喝!」に「男意ッ気」に「飛んで火にいる夏の令嬢」だもの。
 酷すぎる。ジャニーズJr.の滝沢秀明のソロデビューシングルの曲名が「Hey! Beppin!」じゃあ相当クレームつくの、予想できるでしょ?

 まあ曲名が酷くても聴いてみりゃ実際にはちゃんとした歌謡曲だったりして、嫌いな曲ばかりでは決してないんだけども。やっぱり王道と企画物なら、王道の曲を与えられた方が力を入れているように思われて当然じゃない? その意味で考えると、シブがき隊は最初から最後まで飛び道具的な扱いだったなぁ、と思うんだよね。一世を風靡するほどに人気であったのにもかかわらず、音楽的な観点で振り返ったとき何一つ評価されていない事実。世紀末バンドブーム時代で言えばジュン・スカイ・ウォーカーズみたいな扱いなのかもしれない。


cover
スシ食いねェ!/シブがき隊
『2000 BEST』収録


 ああ、俺がこの曲を取り上げてしまうことで、たくさんのシブがき隊ファンが泣き濡れる姿が目に浮かぶ。現実、結局シブがき隊とは「スシ食いねェ!」のグループとして語られているからだ。
 「スシ食いねェ!」は彼らにとっては数々ある企画物ソングの中の一曲に過ぎないのに、テレビで寿司が映れば必ずといって良いほど取り上げられる。シブがき隊の全曲の中で最も世の中に流れている一曲だと思われる。

 かわいそうだ。シブがき隊本人も、そして当時シブがき隊を支えていた「ファンだった人々」もかわいそうだ。「スシ食いねェ!」、これほどに関係各位から憎まれている曲もないんじゃないか、と想像する。結局それなのかよ、って。

 「解隊」して歴史に幕を閉じた当時、メンバー、まだ23歳なんだよね。現在のV6の三宅健とかと変わらない歳だ。SMAPのメンバーが結婚して子供を作ってもトップアイドルとして君臨していることを考えると、あまりにも早く消費されてしまった「時代の被害者」、っちゅう感じがするよねぇ。

 それもこれも……「アッパレ・フジヤマ」だの「べらんめぇ!伊達男」だの、調子に乗ってチョビついた曲名ばっか付けてた作詞家・売野雅男や森雪之丞が悪いんじゃないかと思えて仕方ないんだよね! 責任取れコノヤロー! シブに謝れ! ってさ!

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July 03, 2002

主人公的ルックスとユニコーン

 テレビアニメ番組に一時代を築き、プラスチック模型業界を根底からひっくり返し、キャラクター産業の躍進に大きな影響を与えた歴史的作品、機動戦士ガンダム。それと前後して登場した中に、記憶の中でぼやけ忘れてしまいがちな作品がある。伝説巨人イデオンだ。

 現実味のない合体変形を行なうヒーローロボットの中でもガンダムのリアリティといったら段違いだったが、それは言うなればストイックさの言い換えでもあった。だがイデオンは全身が真紅の躯体でありこそすれ、変なトレーラー車3台が合体変形するという、ストイックさでは決してガンダムにひけをとらない存在であった。しかも攻撃(武器)は全身から発射される「全方位ミサイル」だけ(だった気がする)。そんなイデオンを、30代の男性ならおぼろげながらでも覚えてらっしゃるのではないだろうか。

 だがイデオンはブレイクしなかった。実は俺も内容、さっぱり覚えてないんだけど、たしか子供向けの単純な勧善懲悪の一話完結モノではなく、色々な苦悩や葛藤を繰り返して少年が大人になっていくようなストーリーだった気がする。つまり子供だましではない。敵味方のロボットもそれなりに魅力があった記憶がある。にも関わらず、何故ブレイクしなかったか。

 俺は主人公の少年の髪型にあると思っている。アフロパーマなのだ。
 当時、子供ながらに俺は「これは主人公の髪型ではない」と思ったものである。

 漫画家相原コージの言葉を借りれば、漫画には「漫符」というものが存在する。例えば腹を立てたときに頭から生える角や噴出す蒸気。落ち込んだときに顔に書かれる斜線や、焦燥感を表すために飛び散る汗などを、漫符と呼んでいる。安易にその意味付けをわからせる方法、それが漫符だ。
 そして登場人物の髪型というカテゴリーにおいて、アフロパーマというのは「この人は脇役です、主人公との差別化のためにモジャモジャです」という漫符の為に登場しているのはまごうことなき事実なのだった。
 思いついていただけると思う。主人公と区別させるために金髪だったり禿げていたり、って髪型の脇役。ディスコ&ソウルのミュージシャンの生い立ちの作品でもない限り、アフロパーマの主人公なんて選択肢はありえないのだ(吉田まゆみの作品に「ふらいんぐマギー1・2」ってのがあったけど、ありゃ主人公の女の子が丸いパーマだったっけな)。

 俺は天然パーマである。そして今、髪が伸びてきた。しかも外は酷い湿気で、天然パーマに拍車がかかる。……アフロまではいかないが、くるくるとうねって爆発している。そこで俺は思うのだ。「こりゃ主人公のアタマじゃねぇなぁ」と。
 狂ったように逆立てたり平均の倍以上のリョウを誇ったりして誰よりも目立つか、そうでなければ無難な髪型にしない限り、「髪型という漫符による主人公的存在」の認識はしてもらえないのだ。

 無難な髪型にしよう。次の休みに床屋に行こう。今の俺を見て「こいつは主人公じゃないな」と髪型で決め付ける人が、この世の中に(俺以外にも)存在するかもしれないから。


『PANIC ATTACK』/UNICORN


 2nd.アルバム『PANIC ATTACK』のジャケットの写真で初めてユニコーンを知る人は、並ぶ奥田民生とEBI(堀内一史)、どちらがボーカリスト――バンドのフロントマン――だと想像しただろうか? 色男のEBIはベーシスト、半分以上の詞曲を手がけているのが奥田民生、そしてリーダーは別の男(ドラム川西幸一)だってのは、割と見た目では想像のつかないところだったのではないだろうか。

 この写真を見る限り……民生、今でも飛び跳ねまわってそうな感じなのにね。あんなに落ち着いちゃって。人生わからないものです、見た目では。

 ……あ、また今日も最後の最後で自分の言ってること否定してるし俺。

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June 04, 2002

松浦亜弥のめちゃホリを観る

この文章はこちらに移動しました。
http://d.hatena.ne.jp/kairaiongaku/20020604/1141670656

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May 23, 2002

NHKはどうしたいのか

 定食屋で遅い夕飯をとっていた。
 壁付けされたテレビのチャンネルはNHKで、菅原道真に関する番組をやっているようだ。同僚と話しながらの食事だ、ちゃんと観ることはできない。

 NHKってのはさ、スポンサーによる資金で番組を作っているわけじゃないから、純粋だよね。番組の企画がスポンサーの営利目的に左右されない。番組制作の意図が濁らせずに視聴者に伝えることができる。観ていて「営利目的じゃないとここまで突っ込んで発言できるんだなぁ」なんて感心することあるもん。
 だから、ドキュメンタリー番組なんかはしっかり作りこんであるだろうし、ちゃんと観ると面白いよね。これが前提。俺はNHKを否定しない。

 否定しないが、実際には観ない。観ないので受信料は払いません。昔は真面目に払ってたんだけど、やっぱり観てないのに(テレビ自体ほとんど観られないのに)払い続けるのは馬鹿馬鹿しい。電話で解約しました。
 受信料センターみたいなところに電話をかけ「○○町の××ですけど、海外に引っ越すことになったのでやめます」と伝えたところ、俺の話を頭から信じ込み、即答で解約。その気風の良さがあんまり気持ちよくて得した気分にすらなりましたよ。
 ……えー、受信料の話も本文と関係なかったや。すみません。

 いや、今日の本題は「NHKの人々は、どんな気持ちで真面目な番組を作っているか」っていう疑問についてなんだよ。
 彼らは自らがNHKであることに誇りを持ち、教育や啓蒙、社会文化のひとつとしてテレビ番組を作っていこうという崇高なビジョンがあるのか、それとも「俺らNHKだし、やんちゃできないしね」っていうある意味斜に構えた態度で、足かせを重荷に感じながらいやいや真面目な番組を作っているのか、っていう疑問。

 スポンサーがないのだから、番組の企画者・制作者による伝えたいメッセージがあるのだろう。その時、やれ裸はダメ、やれ特定の人を褒めたりけなしたりしてはダメ、っていう優等生だからこその制約にしばられ続けることは、本意ではないんじゃないかって思うんだよね。だいたい時代も変わってるわけだよ。裸や悪口で、今更そんなに目くじら立てるヤツ居るのか? って話だよ。
 ……いるらしいけどね。「NHKらしからぬ番組」と攻め立てる文化人の人が、そこらじゅうに。NHKの優等生っぷりって、そういう「文化人クレーマー」の人々に支えられてるんだ、って思うわけよ。


cover
晴れたらいいね/ドリームスカムトゥルー
『GREATEST HITS“THE SOUL”』収録
※NHK連続ドラマ小説「ひらり」主題歌


 番組制作者だって、他人のものでなく自分達のメッセージを視聴者に届けたいはずである。にもかかわらず、あんまり視聴率取りに行ってるって気がしないんだよね。紅白歌合戦にしても日曜の大河ドラマにしても、人気どころを人数多く集めればいいと思ってる。これだけ趣味が多種多様になった世の中で、タレントの優等生グループで頭数ばかり揃えても無意味。突出した部分がなくて結局誰にも刺さらないし、記憶に残らないんだ、ってことがわかってないんだよね。
 国民的番組と呼ばれ、人口の七割が観たがる番組なんて、今更現れちゃいけないって俺は思う。2002年の現時点で、国民の志向の幅を狭くしようとするのは罪だと思うから。

 啓蒙したいのか・役割だから仕方なく真面目なのか。視聴率を本気でとりたくないのか・どうでもいいのか。NHKが現在のやり方のままで、しかも視聴率もとろうとしているならそれは愚かだ。
 愚かというか、何にも(N)本気で(H)考えてない(K)、と判断せざるを得ない。

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May 22, 2002

岡村靖幸トリビュート全曲レビュー

 もう最高! 岡村靖幸トリビュート全曲レビュー行きます! もう同じ3000円払って貴方はこのCDのほかに一体何を買うと言うの? と問い質したくなる一枚ですな!


1)どぉなっちゃってんだよ/くるり

 2分ちょっとしかないザクッとロックな1曲。代わる代わるボーカルをとるところなんて、楽しんで演ってるのがよくわかります。でも……このアルバムの1曲目にすべきだったのかな? もっとポップでカラフルなタイプの曲から始まったほうが良かった気がするけど。でも良いです。


2)ターザンボーイ/HARCO

 小山田かコールタールオブザディーパーズのナラサキかっつーようなパンチのない男性ボーカルを披露することでおなじみのHARCOなんですけども。「どうしようもないでしょーおー」の「おー」のところの音程が、ああHARCOはこういう風に解釈したのか、なんて微妙なところに感心する一曲。曲後半歌メロが無くなってから本人オカムースキャットを目指して「アオ」とか「ウンッ」とか言ってるけど、いかんせん声が小さくて全然聞こえません。


3)19(nineteen)/flex life

 俺flex lifeの曲って「getting better」と「それいゆ」しか知らないんですけど、結構いいかも。今年そこそこブレイクするんじゃないでしょうか。そこそこですけど。できあがりとして文句はないんですが、俺としては、もちょっとスローな曲、やって欲しかったなぁ、なんて。


4)カルアミルク/クラムボン

 間違いなく前半のハイライト。いやあ、もう凄い。俺らの期待してた通りの名曲の「ララバイサラバイ」的解釈。ミトって才能あるなぁ。ちゃんとクラムボンの曲にしてるもん。「仲直りしたいんだもう一度 カルアミルクで」って自分から伝えてるはずなのに、ダメだって泣きそうになる感じ。郁子のこの声には、毎回やられっぱなしの俺なんです。


5)友人のふり/栗コーダーカルテット

 レコードやカセットテープで言えばA面最後の曲。アルバムのインタールードとしての役割もばっちりOK。縦笛って小学校の音楽の授業で散々やったじゃない? この曲聴いてても「俺でも弾けそう」って、どうにも参加したい気持ちになるところが凄いと思った。
 全然関係ないけど、リコーダーって英語表記だと「recorder」で録音機のレコーダーと同じスペルになっちゃうのね。語源としては一緒だが分岐してしまった言葉が、「re」と「er」をつけて戻ってみたら全く違う意味の二つのものになっていた、みたいな感じかしらん?


6)チャームポイント/イルリメ

 俺はこの人が何者でどんな音楽をしているのかわかりませんが、とりあえず腹が立ちましたね。なんだこりゃと。お前オカムー舐めてるのか、と。そこに愛があんのかよ、と((C)江口洋介)。6曲目だし、カセットテープで言うならB面の最初の曲で、A面聴き終わったところで手動リバースしたら途中から始まってるけど、飛ばしちゃってもいいや早送りポチッ、っつー扱いの一なんだろうけど。このCDをプロデュースした朝日美穂もため息ついて、仕方なくこの場所に入れたっつー感じなんだろうか。
 わざわざこの岡村靖幸トリビュートアルバムを金出して買って、このCDの中でこの曲が一番良かったと感じる人はこの日本にいるのでしょうか? 居るなら謝罪しに行きます。そのくらい腹立ちました。


7)ラブタンバリン/ニーネ

 ニーネって「Theピーズに似てる」って噂をいくつも聞いたことがあって、一度ちゃんと聴きたいなぁとは思ってたんだけどまだ未体験なのね。聴いたことのある小沢健二のカバー曲「恋しくて」はもうそれはそれは最低で、聞くに堪えない・時間の無駄って感じだったんだけど、このラブタンバリンはそうでもない、「普通の高校生バンドが放課後頑張ってる」って感じが出てました。
 冒頭のギターの鳴り方と曲中の掛け声がピーズそっくりに仕上がってます。マジ似てる! って思ったけど、これって別にピーズトリビュートCDじゃないからねぇ。

8)あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう/直枝政広&ブラウンノーズ

 うわぁ、モロにカーネーションだなぁ、と思ったのは俺だけかしら?
 「このままじゃ35連敗」の「ぽわい」の発音を聴くにつけ「あ、直枝のモノマネするならココだな」というフックみたいなものを感じました。ブラスバンドの合奏の代わりの絶妙にカッコいいギターソロであったり、まさに直枝流ロック的解釈なんだなぁ、と思います。いいです。すごーく評判いいです、俺の中で。


9)Lion Heart/Lyrico

 俺、リリコが元・露崎春女だって知らなかったもんで、今回レビュー読んで驚きました。ってまぁ、露崎春女時代にどんな音楽やってたのかよく知らないんですけどね。
 ああ、歌の上手な人はいいなぁ……俺もカラオケ言ってこれ選曲して、こんなふうに歌ってみせて「上手!」って褒められたい。いいです。すごーく評判いいです。


10)だいすき/朝日美穂

 一番、オカムーへの愛情が感じられる1曲。
 俺、朝日美穂のアルバムって『スリルマーチ』しか聴いたことなくて、しかもピンと来なかったんだけどこの曲はすごく良かった。ポップでカラフルでキッチュで、ほんの少し「後ろめたいような憧れ」の詰まったオカムーワールドがちゃんと表現できてる感じ。軽いように見えて緻密に計算されたミックスの感じが非常にいいです。すごーく評判いいです。アルバム1曲目でよかったのに。


11)ステップUP↑/Black Bottom Brass Band with Tarzan Boys & Girls

 これまた良いです。こういうホーンばりばりの豪華な曲って得てして音圧に圧倒されてなんとなく褒めてしまいがちですが、この曲はちゃんといいです。すごーく評判いいです。アルバムラストをちゃんと飾ってる。余韻にひたる間もなくもう一度再生ボタンが押してしまう気にさせます。


 ……ま、全曲レビューっつっても音楽評論的価値ゼロ以下ですからね。もう単純に感想なんですけど。すんません。

 いやあ、ホント岡村靖幸ってたくさんのアーティストに愛されてるんだなぁ、と思いますよ。だってここに参加してる人々以外にも、及川光博だってSOPHIAだってMr.チルドレンの桜井だって確実にリスペクトしてるし、石野卓球だってCAPTAIN FUNKだって企画自体には参加したかったんじゃないかって想像するもん。その意味第二弾もやって欲しいなぁ、なんて。

 そして……一番強く感じたのは(ハイ、ここ今日のまとめです! 試験に出ます!)、とにかく全ての曲が良くできてるってこと。原曲のメロがいいからみんなそれを尊重した編集になってる。愛が感じられる。曲がちゃんとしてるから誰に演奏されても誰に化粧されてもきちんと聴ける。

 どの参加者も決してオカムーのパフォーマンスの猿真似をしようなんて決して思ってなくて、曲の素晴らしさに感動してるからこそこういう形で参加できるんだよね。原曲と比較してどっちが良いかなんて野暮な質問する必要なし。岡村靖幸本人の声、踊り、吐息、叫び、その存在そのものがあるからこそアルバム作品全てが素晴らしいわけだし誰にも真似できない。ただその中から、曲と彼への愛情だけを取り出してもこんなに良いCDができますよ、っていう証明なのだ、っつー気がしました。
 しかも今回取り上げられなかった曲にも「super girl」とか「vegetable」とか「ペンション」とか「パラシュート・ガール」とか「イケナイコトカイ」とか「19歳の密かな欲望」とか……名曲がたくさんあるんだよね。本当オカムーって底が深いっつーか、作品にもボディにも厚みがあるっつーか。

 うーん、書いてるうちに興奮してきて意味通じてるか自信ないけども。このトリビュートアルバムは素晴らしいです。ぜひ聴いて欲しい。あなたが岡村靖幸のCDを一枚も聴いたことがないなら、逆にこのアルバムから聴いて欲しい。きっとご納得いただけます。いいですよ。すごーく評判いいです。俺の中で。

 結論:購入せよ。

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『どんなものでも君にかないやしない 岡村靖幸トリビュート』

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May 21, 2002

aikoは金の採掘士だったのに

 あなたにとって、最も古い記憶ってどんなもの?
 まあ、もちろんどれが最も古いかなんて区別つかないんだけどね。親御さんから昔話として聞かされていたものが、まるで自分の記憶みたいに刷り込まれてしまう、なんて事例も多いみたいだし。子供の頃の記憶なんて結構あいまいだもんね。

 俺の最も古い部類の記憶のひとつが、音楽に関するものだったの。
 シングルレコードとアルバムレコードの違いを聞いて、アルバムには曲が10倍入っていると知ると俺、驚くんだよね。「そんなにたくさん曲作ったら、メロディが一回転して同じ曲ができちゃうよ、新しい曲なんてなくなっちゃうよ」って。で、その俺の発言を聴いた姉が「そんなことないよ」と笑うんだけどさ。

 メロディなんて無限だからね。長さに制限がない時点で音符の組み合わせは天文学的な数字になるわけで、まあ理論上無限に存在し得るんだろうと思う。
 でも、今ならばもしかしたら実は上限があるのかもしれない、と思うよ。っていうのは、ひとつの音が鳴ったとしてその次の音、長さ、重なり方にも不自然でない繋がり方があると思うんだよね。ピアノをめちゃくちゃランダムに叩けば新曲ができるかっていうとそんなことはなくて、やっぱりメロディの体裁にするためには規則性がある。規則があるなら同様なものも生まれるわけだもんね。理屈で言えばずっと新しい曲が生まれ続けるはずでも、非常に良く似たものが生まれていく可能性は高いと思うんだよね。

 だからたくさんの曲を知っている人ほど、作曲って大変なのかもしれない。だって自分的に気持ちいいメロディが既に自分の中に流れている可能性、高いわけでしょ。既に自分の中に染み付いた既存のメロディを打ち消しながら新しいものを作っていくのって、すごい苦労だと思うもん。知識があるほど、音楽理論が頭にあるほど大変なんだろうなぁと思うわけさ。


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あなたと握手/aiko


 aikoのファーストアルバムを聞いた頃、この人は天才だと思ったんだよね。こんなにいいメロディを作れる人が居るって。しかもセカンドアルバムを聞いて、この人は金の採掘士だと思った。予想もしなかったメロディ進行を、そりゃ無茶だって流れの中に素晴らしく美しい旋律を掘り当てる。掘り当てて、ちゃんと形にしてみせる。その曲の進行のアクロバットさ加減はあまりにもアバンギャルド過ぎるだろう、って思っててもしっかり着地させる才能がみなぎってたんだよね。
 aikoとは、誰も見つけられなかったメロディの採掘士。音楽のトレジャーハンターの名前が相応しい人だと思ってた。

 ところが……最近の曲ではその天才的能力も品切れなのかもしれない、と心配になってきちゃった。今回の曲も充分アクロバティックなaiko節なんだけど、やっぱりキレがないんだよね。なんというか、ウルトラCの体操演技を見続けて、空中二回転じゃあ驚かなくなっちゃった、みたいな。今回だってちゃんとウルトラCなのに。

 もしかしたら俺は、今後二度と「凄い! どうして今まで誰もこのメロディ思いつかなかったんだろう! しかも気持ちいい!」みたいなaikoの新曲を体験することは不可能なんだろうか。いやいや、期待して待ってます。aikoが新曲を出し続ける限り俺はずっと待ってますよ。
 それにもしも才能の売り切れ状態だったとしても。昔の曲が色褪せるわけじゃないからね。デビュー当時の曲がこの世に存在する限り、俺はaikoをほめ続けることができるからかまわないんだよね。いやいやもちろん、素晴らしい新曲は期待し続けるわけだしね。

 頑張れaiko! あなたの天才的名曲をこれからも楽しみにしています。

Posted by dk at 03:04 AM | Comments (0)

May 19, 2002

だからこそカズをW杯に

 世の中はワールドカップサッカー一色である。
 どっちを向いても青と白の日本代表カラー。なんでも、世界の視聴率からすれば前回のワールドカップサッカーは既にオリンピックを超えているとか。世界的にそれだけ注目されている大会の、日本大会だもんね。東京オリンピック並に盛り上がったっておかしくないよね理論上。

 とにかくサッカー一色だ。日本人は、いつからそんなにサッカー好きになったんだろう? 俺の知らない間に世の中が一色に塗りつぶされているのを知ると不安になる。今、どのくらいの人々がワールドカップの開始を心待ちにしている? 2割? 3割?
 申し訳ないけれどそれほどには盛り上がることができない。折角日本でやるんだもの、競技場で大きな声で応援して運命共同体の気分を味わいたいってのはわかるけど、携帯ストラップからTシャツから日本代表カラーにして身を包む必要もないと思われ……。今のところちょっと取り残された感じなんだけど。

 電車に乗っていると、反対側に座る男の読む新聞の一面に「カズ、特別代表入り」と大きく書かれているのを見た。内容は読んでいないから全くの想像だが、三浦知良選手がワールドカップサッカーの日本代表の選ばれた(ら)、という記事だったんだろう。先日発表された23名のほかにそんな特別代表の枠があるなんて聞いたことがない。だからこの大会にカズが出るなんてことはありえないんだろうと思う。


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Let's Get Together Now/Voices of KOREA/JAPAN


 もしもカズが出たら。それをサッカー門外漢の俺が観ていたら。俺は泣く。

 90年代のサッカー人気を支え、前回のワールドカップでは代表からはずれるという苦汁をなめ、だがしかしワールドカップ日本代表というものに誰よりもこだわってきた男、カズ。
 彼がもしも出場したら。若手のサポートを受けつつゴールを決めたとしたら。あるいは何一つ活躍できずに試合終了後にフィールドにうずくまったら。俺は泣くだろう。「あのカズが頑張った」という事実に感動し打ち震えると思う。
 俺だけじゃないはずだ。日本中が感動するだろう。もしも今年、カズが出場したらという選択肢は、日本中を泣き濡れさせるくらいのカタルシスを持っている。

 でも、それはあり得ないよね。心情としてどれほどにカズを出場させてやりたくても、どれほどの感動が用意されていても、日本サッカー界はそれを許さないよね。実力主義。サッカーファンであればあるほど、カズの出場なんて微塵も考えられないと思う。
 俺がサッカー門外漢だから言えることなのだ。日本全国でそれこそ命を削って頑張ったサッカー選手たちの頂点だもの。心情で選ぶことはできない。わかる。理屈はわかる。

 それでもなお、俺は言おう。スポーツってなんなんだい? 運動能力の高い人々が国を背負ってスポーツで戦うこと。一般人がテレビを囲んでスポーツを観戦すること。その本質ってなんなんだろう?
 頑張る人を見て一喜一憂する。自分の代行者として世界を相手に戦う選手を見守る。そこから得られる「狩り」の代替物としての興奮。喜びや安堵。集中と弛緩。一体感と感動。そういったものを体験させる為にプロのスポーツ選手が居て、体験しようと我々がスポーツ観戦をするならば。たとえ実力の部分で超一流でなかったとしても、その選手を応援することで大きな感動が約束されているならば、何故それを叶えてはいけないのだろうか、と思うね。
 プロスポーツの存在理由って何だ? より速くより高くより遠くという、デジタルな記録を伸ばすためにやってるのではなく、感動を与えるためにやってるんじゃないか、って思うんだよね。

 ……別にカズをワールドカップに出せ、出せばいいんだ、なんて思ってるんじゃないよ? はっきり言って知ったこっちゃないヨ、カズにゃ悪いけど。
 ただ、心情的にチラッとそう思って、理屈をつけてみただけさ。俺は門外漢だからね。

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May 16, 2002

ガンバレソングもOK

 安易なメッセージソングが増えた、なんて言われるようになって久しい。
 他人からガンバレガンバレ言われてそうそう頑張れるかヨ、っちゅう話じゃないですか。そうは言っても増えたということは流行している、流行しているということは需要があるということで、それがここ数年の癒しブームとかにも繋がってるんだろうけど。

 ガンバレソングの功罪の罪側、として取り上げられ易いのが大事MANブラザースバンドの「それが大事」かな。俺的には中山美穂の「未来へのプレゼント」とかもかなり許せないんだけど。他にも安易なメッセージソング歌ってるミュージシャンは多い。
 でもそういったメッセージソングが流行した背景ってもしかしたら80年代末のバンドブーム、もっと言っちゃえばブルーハーツの「人にやさしく」がきっかけだったりしないだろうか、なんて思ったり。なんだかブルーハーツっていうと今も評価の高い日本を代表するロックバンドだから「人にやさしく」も名曲として扱われがちだけど、俺は当時から嫌いな曲だったからね。理由は一緒。不特定多数の、どんな事柄で悩んでるかもわからない人々に大して「とにかくガンバレ、応援してます」なんてのは嘘っぱちだと思うから。不特定多数なんかじゃない、とある特定の人へ向けたメッセージなんだと言うのであれば、それこそ俺には無関係なわけだし。

 とにかく高校生だった当時から今の今まで、ガンバレソングに力づけられたことは一度もない。だいたい俺はJ-popsの歌詞に元気付けてもらったことは一度もないのだ。


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アゲイン2/ゆず


 現時点ではゆずの最新シングル(だよね?)。ここへ来てブレイク直後に戻ったような率直なメッセージソング。軽快にうつりゆくハーモニーが気持ちいい。
 ゆずがブレイクした後、19だのコブクロだの0930だのギターメインの曲にデュオのハーモニーってミュージシャンがボコボコっと現れたけど、楽曲がちゃんとしている上にチャート的に結果出せてるのは結局ゆずだけのような気がするんだが、どうか。

 俺、この曲好きだなぁと思ったの。聴いてみていいなぁと思った。で、歌詞を意識して聴いてみたら「今はつらいけど頑張ろう」っていう単純なメッセージソングだってわかったわけ。そしたら――俺の中で考え方が変わったの! 高校生の頃から嫌いだったガンバレソングも、曲さえちゃんとしてりゃあアリかもなぁ、って。

 ガンバレソングって明確な対象のない場所へ向かって頑張れ頑張れ言ってるわけで、つまり「何にも言ってない」のといっしょでしょう? 少なくとも俺の胸には刺さらない。それはそれで良いのかもしれないと思ったわけさ。
 だって俺がこの曲を口ずさむとき、歌詞の内容がもしも全く逆だったら。
「今はつらいけどこの先はもっとつらい」
「誰もが孤独ではなくお前だけが孤独だ」
「明日などない、過去の失敗は取り返せない」
という内容の歌詞だったら、詞の世界観が楽曲を支配してしまって気になって気になって仕方ないもん。ありきたりの頑張れメッセージで、メッセージのくせに俺の胸に何も伝わってこない内容だからこそ、安心して鼻歌で歌えるわけよ。

 既存のメッセージと大して変わらぬ内容だと知ってるから言葉を噛み締めなくて良い。これってある意味の癒し、鼻歌に特化できる機能的な曲だと思ったわけさ。ガンバレソング、ありでしょ。安心してカラオケで声を張り上げられます。

 ……なんか斜に構えたイヤな言い方みたいに思われるかもしれないけど、素直に良いと思いますよ。ホントに。

Posted by dk at 03:02 AM | Comments (0)

May 11, 2002

コーヒーの香りは後天的嗜好か

 昨日、コーヒーが好きだなんて書いたわけなんだけども。
 コーヒーってさ、味はもちろんあの香りが良いわけですよね。心をくすぐるような芳しき香り。近くであの香りを嗅いだら、もう居ても立ってもいられないような衝動にかられるんだけど、それって一部の人だけなのかなぁ?

 っていうのもね、同僚Mが言うわけですよ。
「コーヒーなんて嗜好品だ。嗜好品の特徴は回数を重ねて慣れてしまうことによって身体に良いものという錯覚を起こさせていること。煙草なんかもそうだけど、最初はまずいでしょ? 最初の一口目からコーヒーを美味いと言う人はいないよ」

 なるほど。そうかもしれない。確かに子供の頃はブラックコーヒーは苦くて飲めなかったよね。物心ついてブラックコーヒーを注文するごとに、まるで一歩ずつ大人に近づいていくような甘美な錯覚があった。「こんなに甘くちゃ味わからないじゃん。コーヒーの良さは苦味と酸味と香りなんだぜ?」って嘯ける喜びは、子供じゃ持ちえない特権なんだと。

 でも俺は反論するの。
「だとしても、香りは別だろ。コーヒーの香りが芳しいのは、コーヒーの好き嫌いに関係ない普遍的なものじゃないの?」

 だが同僚Mはノーと言ったね。事実、自分自身コーヒーの香りを快く思わない、と。俺はコーヒーが好きだし、いい香りとして生きてきたからどうにもこうにもその感覚が信じられなくて、Mがコーヒーの味が嫌いだからこそ意地悪で「香りも不快だ」って答えているんだと決め付けたのね。それは嘘だ、と。
「コーヒーの香りの元は燻られたコーヒー豆なわけでしょ? コーヒー豆を火にくべて、アミノ酸が炭化する時の匂いでしょ? 何かが焦げて食欲をそそるっていうのは根源的なもの、人間だったら誰でも食したいと考えるモノなんじゃないの?」

 Mは答える。
「ノーだ。第1にコーヒーの焦げる匂いと魚や肉が焦げる匂いは別物だ。第2に肉が焦げる匂いが食欲を喚起させるのも、食物を調理するという歴史以後についた後天的な感覚である可能性が高い」

 そうなのかなぁ。俺は自信がなくなった。コーヒーの香りがいい香りっていうのは、理屈でコントロールできない俺の体の底の底にあるもののような気がして、それこそ人間という動物の特徴のひとつで、だからこそみんながみんなこの感覚を共有しているのかと思っていたけど、違うんだなぁって。
 確かに、ネット調べてみたら「コーヒーの匂いは臭い」なんていう若者も増えてるらしいしねぇ……。

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コーヒー・ルンバ/井上陽水

 関口宏の奥さんでおなじみ西田佐知子も歌ってたんだよね。荻野目ちゃんのシングルでヒットしたけど、実は一番人々の記憶に残っているのはTV番組「クイズ・年の差なんて」のエンディングテーマで使われていた国実百合のバージョンなのではないか、と思ってるんですけども。

 でも……一般的にはコーヒーの香り、いい香りだよね? そんなに少数派じゃないよね? カフェオレじゃなきゃ飲めない人にも、名前が変わってしまうことでおなじみコーヒー牛乳しか受け付けない人にも、結構高い確率でコーヒーっていい香りだよね? そうだよね??

Posted by dk at 02:56 AM | Comments (0)

May 09, 2002

痛い

 「痛み」について思いをめぐらすと自然に身体が身悶える。顔がしかめっ面になり四肢がこわばる。これってものすごい条件反射で、かなり純度の高い「生き物としてプリミティブな反応」だと思う。自分の経験が「その痛みは命に直結! 危険危険!」って警告してるってことだもんね。

 花村萬月原作・さそうあきら作画の「ドッグ・ドッグ・ドッグ」って漫画の単行本が完結したので読んだのね。先月かな?
 花村萬月の原作であるためか登場人物が全員、何かを達観したみたいな人生哲学的含蓄のあるセリフを吐く、っつー漫画だった。というよりそこが面白くて一気に読みきった。「金八語録」とか、あるいは相田みつをとかの本買ってる人には確実にオススメだねぇ。

 ……話がそれてますが、その漫画にヤクザがするという拷問が紹介されるのね。対象者を本当に徹底的にいびり抜きたいときは、殴ったり蹴ったりしないでヤスリなんですって。鉄ヤスリで対象者の歯を一本一本すりつぶして行く。歯茎ごとギコギコ削るんですって。神経は生きたままでしかも頭に近いから痛み直撃なんですって。
 もう俺その話知って、考えるだけで身悶えだよ。ヤスリで歯ぁ削るってアンタ……痛い痛い痛い! 想像で涙が出そうになるね。

 他に、痛いというか「痛いだろうと想像することの恐怖」で身悶えることもある。運転中だ。
 車を運転して高速道路を走っているとき、ふと反対車線の車が目に入る。もしそちらへハンドルを切って車を突っ込ませたら簡単に死ぬだろうなぁ、なんて考えると顔が勝手にしかめっ面になる。炎上する車の中で自分が死んでいく姿を想像すると、ちゃんと走れちゃんと走れと思うのだ。

 ……これってマゾヒスティックかなぁ? 別にこういう想像して喜んでいるわけじゃないよ? ただ痛みを想像すると勝手に身体が反応して、身体がよじれたり表情がこわばったりすること自体が、ちょっと面白いなぁ、というだけでさ。


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TOO MUCH PAIN/THE BLUE HEARTS
『Singles 1990-1993』収録


 その痛みは痛感神経によるものではなくて、胸の痛み、みたいなものにも反応する。あの時、あんなことをしてしまった、という激しい後悔は、痛感神経の反応を伴わないにもかかわらず、俺を身悶えさせる。

 俺にはこんな恥ずかしい過去がある。
 高校生の頃、友人とちょっと酒盛りのマネゴトをしてみたりなんかし始めた頃さ。正月元日、家族と一緒に親戚の家に集まったわけね。その親戚宅では日常晩酌するわけでないらしく、酒盛り用の酒も用意されてなかったんだと思う。その時出ていたウィスキーが「NEWS」ってヤツだったかな。決して高級酒ではない。
 その宴会の真っ最中、俺はわかったような顔で「親父、あんまり飲みすぎない方がいいよ、安い酒は悪酔いするよ」と言ったの! 飲み会のマネゴト中に、同級生の言っていた言葉をそのまま真似したわけ。お酒を振舞ってくれている親戚家族の目の前で、だよ!?

 もう今思い出しても身悶えるほど恥ずかしいし、できることなら思い出したくない。親父はその場でよく俺を殴り倒さなかったと思う。失礼極まりないどこにも救いようのない最低の発言だった。今も当時を振り返って、俺は胸の痛みの強さを思い知るよ。痛い痛い痛い!
 もう本当に勘弁して欲しい、逃げ出したくなるような「痛みを伴う記憶」なのである。

 ホラ。身悶えるわけさ、こうして。たまに。

Posted by dk at 02:54 AM | Comments (0)

May 08, 2002

気合いという尺度

 俺は……生まれてから一度も、髪の毛を染めたことがない。色を抜くなんてもってのほかだ。
 そういった細工が若ハゲを促進する恐れがある、という理由もあるが、最も大きな理由は「髪の毛を染めるなんて、不良のすること」だからである。2002年現在、我ながら滑稽だが事実である。

 学生の頃からバイト先がそれを許さなかった。黒髪であることが勤務条件、とまで行かなくても茶色い髪は奨励できないという職場ばかりだった(塾講師とかホテルのフロントマンとかね)。
 だいたい髪の毛を染めることのメリットを感じなかった。茶色い方がオシャレ、なんて理由なら眼中にないことは昨日書いた。「茶色い方が明るくなる」という見た目のイメージを良化させる為、ってのもあるだろうが、元々色男だし、必要に応じて軽妙なトークが可能な俺にとって「黒髪によって与えてしまう重たい印象」なんてあり得ない問題なのだ(若干言い過ぎだが)。それより何より、髪の毛を染めるなんてヤンキーのすることじゃないか。現在茶髪と呼ばれる明るい髪の色は、俺の中では金髪の途中段階なわけ。茶髪にしたらそれはもう、ヤンキーの代名詞であるところの金髪の世界へ踏み込んでしまってるわけよ。二度と戻れない極道の世界に片足突っ込んだ状態? 無論これまた言い過ぎなんだけど。時代錯誤なのは重々承知でございます。

 いつも茶髪の友人に何故髪の毛を染めてるのか聞いたらこう答えたんだよね。

「一度黒くしてたことがあるんだけどさ、なんつーの? 気合が入ってないっつーの? これじゃダメだ、なんつってサ」

 昔から疑問だったんだが「気合入ってる/入ってない」という尺度、評価基準というのは一体何なんだろう? 俺の中で気合という尺度はイコール、ヤンキー度でしかない。自分の中の意思が強いとか気を入れて何事かに向かうという意味では使われないよね、気合って言葉は。信念とか気力という言葉とは違うでしょう?
 気合って言葉はいつも外へアピールする何らかの精神を表わすものだよね。自分はこうである(御意見無用)、という表現の尺度が気合だと思ってる。

 だとすると、俺に気合は必要ない。自分の力の入れようなど周りにアピールする必要がない。気合なんぞ、結局は虚勢に過ぎん、ぐらいに思ってるのだ俺は。「車はファミリー向けセダンじゃ気合入らない」「アイドル歌謡曲聴いてるヤツは気合が足んない」とか言われてもトホホと弱っちゃうだけなのだ。
 俺の中には気合がどうこう、という尺度がない。


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ブリーチ/The ピーズ
『ブッチーメリー The ピーズ1989-1997 SELECTION SIDE A』収録


 俺は虚勢を張る必要がない。だから髪の毛の色で気合を表現する必要がない。だから俺は髪の毛を染めないのだ。
 そして……しつこいようだが、やっぱり「茶髪=気合=ヤンキー」という考え方が根本的に現代にマッチしていないんだなぁ、ということがここまでダラダラ書いてハッキリわかった。俺はシーラカンスか!
 ま、オシャレの為であっても結局俺から程遠いわけで。俺は一生黒で行きますわ。

 問題は最近、若干白髪が……月に1本とか……。

Posted by dk at 03:01 AM | Comments (0)

April 24, 2002

MISTY 〜微妙に〜

 言葉ほど不確かなものはない。言葉の世界でしか存在できない概念のもの、たくさんあるもん……ってのは前に取り上げたネタね。そん時言ったのは「限りなく近づく」ってヤツね。
 例えば「限りなく本物に近づいたイミテーション」といった場合、限りなく、どんどんどんどん本物に近づいていってとどまることを知らないけど、絶対に到達しない。スピードは遅くなるけれども近づき続けて、しかもくっつかない。そんな理論上でしか存在し得ない状態だ、なんて書いたんだよね。うん、あってる。

 最近俺のお気に入りなのが「半永久的」って言葉ね。元々ストレートパーマ(縮毛矯正)の紹介で「一度かけたら効果は半永久的に持続します」なんつーのがあったわけよ。永久って言葉がまず理解できない。永久ってそんなもん存在しないんじゃねーの、っていう疑問ありの中、その半分で「半永久」。しかも半永久のようなもの、を意味する「的」までついて出来上がりだ。なんだよ、半永久的って。ストレートパーマの効果が切れて天然パーマが戻ってきた瞬間、「ああ、今俺の身体は永久の半分ってヤツを手に入れた」と思うのだろうか? 思いません。
 永久ってヤツの証明すらできないで、しかもその半分、しかも「的」なわけだし、こうなったらどんな期間にも使っていいんじゃないだろうか? 

「ねえ、ずっと私のことだけ愛してくれる?」
「ああ、半永久的に君が好きだよ」
……なんつーことを言う男に要注意。

 最近大流行してる言葉だったら「微妙」ね。
 調べてみたら微妙ってふたつの意味があるんだけど、一般的に使われるのは細かい、とか小さいっていう意味だよね。
 でも最近のヤングの使ってる「微妙」はそれに値しない、否定の言葉として使われている気がする。

「明日、飲み会行けるよね?」
「いや、それ、かなり微妙なんですけど」

 言葉を濁して、決定事項を強調せずに伝えようとしているに過ぎない。ただ単にハッキリ「行けません」と言えないだけなのだ。二択の質問の返答が「最も微妙」だったとしよう。その場合、73.3対27.7や49.5対50.5ではなくてちょうど50対50のことを「最も微妙」と言うはずなのだ。それでなければ数値は細かく変動しておりはっきりしていないが、いずれにせよ50対50に近いという状態が「最も微妙」なのだと思われる。前例の微妙は99.9対0.01で否定を意味しており、ちっとも微妙じゃないのである。

 ……こんなに、こんこんとヤングの言葉を否定してる時点で、オジサン、疎まれざるを得ない存在なのねん。俺ってば終ワッツ&テルー!


cover
MISTY〜微妙に〜/氷室京介
『SINGLES』収録

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February 17, 2002

パンティとスキャンティ

 子供の頃……H電話っつうのがあって。
 今のダイヤルQ2みたいなちゃんとしたものじゃなくてただテープが流れるだけ、っつうシロモノ。シミズセツコって女の声で、盗聴テープみたいなものの商品説明をしている裏に、アダルトビデオ的なあえぎ声が聞こえるのね。まだ10歳とかの頃さ、それ聞いて興奮ってわけじゃないんだけど、友達と面白がって良くかけたなぁ。友人みんな、番号をソラで暗記していた。

 そのシミズセツコが紹介する商品のひとつに「汚れたパンティ3千円」ってのがあって、酷く印象的だった。下着が3千円で売れる驚き。今で言うブルセラ的な性癖に興奮するものがいるということを、自らの性的欲求が成長に追いつく前に教え込まれたのだ。……そんな大層なもんじゃないけどな。

 多分俺がパンティという言葉を知ったの、そのH電話からだったと思う。パンティ。男が履くのはパンツ、女が履くのはパンティ。小学生の俺の頭に確実にインプットされた、当時の「大人の情報」である。

 が! 大人になって冷静になってみれば俺の知識が間違った情報であることに気付く。何故なら、この世の中にパンティを着用している人間なんて一人もいないのだ! 男が履くのはパンツ。あるいはトランクスかブリーフだ。ブーメランとかボクサータイプとかビキニってのもあるか。いずれにせよ男はパンティは履かないコレ当たり前。
 ところが女性も履いてないのだ。彼女たちが履いているのはやはりパンツ、あるいはショーツとかスキャンティだ。パンティを履いてる女性なんて一人も居ない。旅行の荷物の話をしつこくしようと、デパートの肌着売り場の話で盛り上がろうと、女性の口から「私のパンティ」という言葉が出てくることはない。パンティというのは男の頭の中にある幻想の産物だったのだ!

 っていうか名前の違いに過ぎないんだろうけども。いや、詳しくは知らんのだけど。そうなんでしょ? 呼び方が違うだけなんでしょ? だいたい俺、違いがわからん、わかるわけないけど。
 スキャンティってなんやねん。今は懐かしいうしろ指さされ組が「象さんのスキャンティ」って曲を歌っていた頃、俺ぁ辞書調べたんだぞ? 載ってねぇし。スキャンティ。意味わからんわ。


cover
Home Girl/THE★SCANTY


 YOPPYというコ、まさにYUKIみたいに歌ってるんだけど、声質によるものか、若干音が下がり気味にならない? 毎回。聴いててものすごくハラハラするんですけど。アイドルがいくら歌が下手でも俺、こうはならないのに。

 佐久間正英って結局、こういうのしかやりたくないんだよね。佐久間側からプロデュースしたいってオファーがあったのなら、もうまさに「君の個性みたいなものには何一つ期待していないが、売れるよ、どうかね?」って言われてるんだと思うね。
 あるいは昔作った曲がいやってほどストックされてて、それをヒステリックブルーだのなんだのに配ってるのかもしれん。
 ジュディ&マリーもヒスブルも大ッ嫌い! でもTHE☆SCANTYは好き! ってファンが過半数を超えるようなら勝ち、超えないようなら負けだよ、と佐久間に言ってやりたい。

January 05, 2002

最前列でモーニングを

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Posted by dk at 03:00 AM | Comments (0)